産業フェア 2022 in 可児

 可児市福祉センターにて久し振りに開催します。市民の皆様およびお時間の許す方は是非ともお待ちしております。可児ビジネスカフェもスポットコナーに滞在中!

 産業フェア「会社のゲンキ・地域のゲンキ」発信!!

 製造関連9社、建築・建設・リフォーム関連7社、健康・福祉関連4社、小売・卸売関連2社、サービス・観光関連14社

 屋外出店10社

 キッチンカー2台                           

 令和4年11月5日(土曜日) 9時~16時まで開催

 なお、可児福祉センターでは駐車場はご利用できません。

 ◇駐車場は、可児市文化創造センター(ala)をご利用下さい

 ◇主催 可児商工会議所 産業フェア in 可児実行委員会

 ◇協賛 可児市

 ◇助成 とうしん地域振興協力基金

 ◇後援 中日新聞社 岐阜新聞社・岐阜放送

 2022.10.21


為替と金融

 <①予備知識ネット参考>

 1973年(昭和48年)固定相場制だった為替レートが、変動相場制に移行した。 戦後、日本の円相場は、GHQが打ち出した物価安定・緊縮財政政策(ドッジライン)によって1ドル360円に固定されていた。

 しかし、戦後、日本経済が急速に国力回復し、輸出によって大きな利益を得るようになった。米国は、ベトナム戦争や貿易戦争で国力を失い、国際収支が赤字化し、米ドルの信頼も相当に低下したため、米ドルを金に交換する動きが強まりました。1971年要求に応じられなくなった米国は、ドルの金への交換を一方的に停止した(ニクソンショック)同年12月「スミソニアン協定」によって、ドルは1ドル308円に切り下げられましたが、1973年2月再度のドル切り下げで固定相場制は崩壊し、変動相場制に移行した。

 変動相場制へ移行後、ドル安(円高)が急速に進んだため、日本はそれまでのように、輸出で大きな利益を得ることができなくという痛みを味わった。しかし日本の輸出企業は、為替の影響を受けにくい海外へ生産拠点を移し、効率的な生産体制を築くことになった。

 変動相場制への移行は、現在のように、日本企業がグローバル企業として発展するための構造転換を果たす大きな要因となった。

 <②予備知識ネット参考>

 1985年9月、「強いドル」を打ち出していた米国の経済政策を一転させる、重大な国際合意がおこなわれた。先進国5ヵ国がドル高を是正するため協調介入することが決まった。「プラザ合意」の概要、背景と原因、日本の状況が大きく変化した。

 合意前は1ドル240円台だったのに対して年末には1ドル200円台へ。更に1987年末には1ドル120円台となり、日本経済は一時的に円高不況に陥りました。当時、日銀が低金利政策などの金融緩和策を打ち出したため、投機が加速し空前の財テクブームと進んだ。バブルの到来の起因ともなった。

  今回は、お金の話しとして貿易(外国との取引)による為替の変化に企業の収益環境が大きく変わる。少なくとも仕入原価に企業が運営上の諸経費(人件費・物件費等)が為替により本来収益を目論んだ収支益が為替レート動向により得にも損にも派生する事になる。

 歴史を辿ると固定相場制から50年近く・プラザ合意から37年近く経ち世界の日本、日本経済が大きく変化し市場の在り方が変動に移行して問われるた戦後の日本となる。

 社会の仕組みとして、その国の税制仕組み(法人税)、貿易による(関税)税金やら人件費に係る費用縮小するため海外に生産拠点を移し安定的な企業の収益確保と世界的な企業価値を高めるために企業努力している。ここ最近の「円安傾向」は、実に過去何年も微動しながらも安定的だったが、世界的な流通価値を持つドルに対して円の価値が安くなり、企業の存続として特に「中小零細企業・個人事業者」の経済環境が更に厳しくなる可能性が高まる。

 追い打ちでコロナ制限による外出自粛やら戦争がもたらす経済不安定による家計への可処分が年々に減少して一般家庭への圧迫はここ数年からすると肌で感じられる様な結果となった。

 ここ一番の問題は円安が今後どの様に進むか?今後、政府・日銀の介入によっても相当変わる。しかしそれによって違う分野で問題が生じ、なかなか舵取りが難しい感じであるが巷では160円台などとなる憶測もある。

 とにかく日本経済の安定と社会の安定に移行して少なくとも安心出来る社会生活を願うばかりです。

 円安となりインバンドがもたらす経済効果も期待したいところですが、やはり! ”円安は円の価値を下げる”大きな障壁だろう?

 2022.9.26


夏の味 スイカの想い

 私の知り合いに自営業(金属加工)を長年営み長男に事業承継して65歳ごろから始めた野菜作りを楽しんでいる大先輩がおられます。

 本人曰く、そんなに長く野菜作りを経験している分けでなく、ただ、本業は子どもに任せ自分は先祖さまからの引き継いだ田地の畑やら田んぼらを守っている。農業を行うにあたって如何に少ない労力と時間で効率よく野菜作りを行うか(事業観点からの考えか?)最初のころはご近所の知り合い・経験者などの作り方を聞きながら見て覚え自分なりの農業誌を作って「いつ、何を、どの様に」を研究してあれから15年以上経つ。勿論奥様の助言も口に出されないが相当大きな影響力だっただろう。

 何となく聞いて聞かずの差配に!

 いつも合理的に考え雑草は小さい内に、畝は早めに作り”土壌管理”事前に有機肥料などに重点をおき、其々の作物にあった作付けに取組して後は天気予報の予想参考して種まき、植え付けのタイミングを狙う。

 十分な水を与えられる環境にようやく第一段階で!畝に根付く事しかり、その後、化学肥料を加え、作物の種類に合わせ添え手作りし補強(縦・横)をしっかり行い少々の風雨などに揺らぐことなく。又、一番の問題は「獣・小動物・鳥」からその生き物に出来る直前に収穫近い所で先に取られてしまう。なんとも悔しい思いをするがいつも完璧に排除する事は出来ない。”その生き物たちと知恵比べ”

 野菜や果物等にはそれ以外に病気が付く(種類により大きな糞・作物の葉っぱに枯れ気味色褪せる・葉っぱの裏などに幼虫の卵がびっしり・芽出しを切る虫)など様々であるがそれを退治し思い通りの作物が出来た喜びはひとしおである。

晩年、置かれた環境もあるが「モノづくり」嬉しさは通常の事業もさることなく農業でも大満足となる。農業に惚れて楽しめる事は人生の楽園かも?

 因みにこの暑い夏の盛りに小生の草刈りの出来事であった。その知り合いが自慢の小玉スイカを冷蔵庫で冷やし半分切ってスプーンと一緒に我が家の畑の草刈り現場に差し入れして頂き最近味わう事が少ない冷えた豪快なスイカの味だった。畑で食すること何とも言えない昔を思い出し何十年も遡った小さい頃の

懐かしさに触れ、こんなにスイカが美味しいと思えた感触は久々であり”忘れていた。食料事情が悪い時代”が思い出された。

 自然災害が多い環境に将来、何処で自給自足せねばならないかも!!

 そう言った危機意識の芽生え

 よし、来年は私も先ずスイカを作ろうと!懸命にスイカづくりを学び結果は乞うご期待である。 

 2022.8.29


新聞お悔やみ欄を見て

 本日はお彼岸「盆の迎え火」である。

 その地域の所どころでは7月盆「13~15日」「23日~25日」、8月盆「13日~15日」としていると承知している。

 其々のお家(うち)の方のご先祖さまからの行事(習わし)教えにより盆行事をしておられる事であろと思います。

 最近、新聞のお悔やみ欄を見るたびに気が付くのが自分より若い方がご逝去される事案が幾つか特に目につく。

 なんと若い男性・女性層が・・・・残念な事です。

 こんなに医学がすすんでいる時代や市町村の検診実施・啓蒙、一般企業での健康診断など法令上の責務として働く役職員等の健康管理を実施しているにも係わらず ”何故だろう?”

 人生一度だけ、在る小説家の言葉に「人間はバックギアの無い車」だそうだ!

 もう、古希になる自分がいつまで元気でおられるか分からないが少なくとも若くして運命の定めに命を失うことは誰しも無念である。いつもお悔やみ欄を目にする時々にその方々の生き抜いた人生を想像しつつ、ご家族の心情を察するに悲しく悔しいお気持ちを肌で感じ「日頃から健康管理」をしていても、ついつい仕事・子育てやら家庭の身の回りが忙しいと健康があるが故に後回しとして気が付いた時には手遅れとなる可能性がある。

 普段から私は大丈夫とした過信は捨て定期的に自己診断で無く医療機関でしっかり健康チェックし少しでも健康寿命を伸ばし身近な愛されている家族に安心・安堵を提供して「しやわせ」を繋ぐ大きな使命が誰しもある。

 また、働く事業先の第一義、職場環境も当然になくてはならない人材(人財)を育成する主たる一つとして健康管理維持に重心をおいている。

 少しばかりの諸問題など払拭して「心から健康と身の回り喜びと幸」を望み生き抜く力に慎重に磨きをかけ運命を自在して行く事が寛容である。

 お盆に「迎え火・送り火」の催事する事により亡くなられた方を思い出し残された家族が一堂に会し思い出のある方を偲びともらう儀式だろう。幾つかのご家庭により教えの違いはあるだろうが離れた方を思い出し偲ぶ事は其れなりに意味深い事である。

 昨年、享年100歳で亡くした家族から思うと「生きる、生きている」は実に素晴らしい事実で、やはり先人の教えとして!

 ”生きている時に”すべき事は幾つもあった。居なくなってからお墓参りするより存命の内に出来る事を惜しみなくすべきだった。手を合わせ拝む悲しき心

 そんな初盆に我が身の反省を感じられずにおれないお盆となった。

 2022.7.13


手軽さ故に! 自転車の危険を良く知る

 豊かと言えば豊かな生活水準に今は、小さい頃から自転車を買い与え早い内から自転車遊びをする姿に親子で楽しみ喜ぶ社会が知らずに出来上がっている事が感じられる。

最初は自転車に補助輪を両方に取り付け倒れないように練習しながら乗り方を教え遊んでいる。少し大きくなると片補助輪を外して、それでも自分の運転技術向上のために本来の自転車乗りを体得する「自転車・自分の身体」にキズつけ涙ながらに追いつき乗れる事に!我慢しつつ誰しも通り過ぎて来たであろう。

 特に、子どもの頃はルールがまだ理解できずに運転操作「ペダル踏み込み左右足をのせる感覚が今一」惰力走行しそこを足で止め、転倒する。ブレーキの使い方と左方を走る事を理解するまでが一番の鍵、小さい子どもなら速度も乗る怖さが慎重となり比較的に事故が少ない感じがする。

 先日、夕方、我が家の前を右側に走り無灯火の自転車が通り抜けようとした時の事であった。スピードが出ており、相手は高校生、とっさに危ないと声を出すと運よくその若者は反射神経が良く難なく事なきことで済んだ!

 これが、もう少し年寄でビックリ仰天し変な行動に反応し、また、自転車の乗り手が他事を考えているなど予測不可能だとしたら最悪の状況が推察される。

 年齢に関係なく自転車走行する人々、いつ災難に遭うか?分からない。しかしながら最近の自転車事故の判例など巨額の賠償責任、保護者に賠償される場合が発生している。

 ほんの僅かな失念・失敗が、その家族及び本人の将来に亘って苦しい思いをする前に「自転車の安全走行に伴う訓練、安全意識、自転車整備と賠償保険加入」をシッカリ家庭で整え、地域社会と学校教育の一環として交通規則・マナーを指導徹底する必要がある。

恐らく地域に存在する自動車学校等は閑散期なら乗り方交通規範・規則など協力して頂ける事だろう。

 この春から少し制度が変わり掲示等で行政は啓蒙を図っている現状を紹介します。

<安全重視> 岐阜県の自転車条例 2022年4月1日施行

・岐阜県自転車の安全で適正な利用促進に関する条例

 自転車の点検・整備等(乗る前に必要な点検・整備を行う)

 両側面に反射機材を備える

□自転車保険の加入義務化 2022年10月1日施行

 こんな高額損害賠償事例があった。

  坂道を下ってきた小学5年生の自転車が歩行中の女性と正面衝突。歩行者の女性は意識が戻らない重症

 を負いました。監督責任を問われた保護者に約9,500万円の支払い命令が出された。(平成25年神戸地 

 裁判決)

□ヘルメットの着用努力義務 2022年10月1日施行

 ヘルメットを着用していれば助かる命がある。

 ヘルメットの着用状況別致死率比較(令和2年)着用0.23% 非着用0.68% 約3倍程度の安全度が図ら

 れる。

楽しむ・労力軽減策として活用可能な手軽な乗り物に大きな危険が潜んでいる事に誰しも肝に銘じ、乗るなら「安全対策」を講じて乗る・乗らせる必要がある。

 2022.5.20


総合庁舎内可児ビジネスカフェへ”おいでやす”

 新型コロナ感染症の猛威が中々収まらず、時事刻々と変化の毎日。今日は全国の感染者数、岐阜県感染者数、地元の市町村の感染動向がついつい目について一定の感染を避けて通るような感覚でいる。まん延等防止措置もこの21日に解除され少し気も晴れた感じである。

 にも 拘わらず地域の感染者は極端に減少傾向に進まず心重い日々がまだまだ続いているのが現状かな。

 いつもなら開催される「春祭り」も各地では殆ど中止か規模を相当小さくして伝統文化継承に少しでも残したいあらゆる保存会の方々がご苦労されている事だろう。

 世相も今までない厳しい環境であるが経済の安定、人命優先など様々な事が重なり、ましてや世界でのビックリするような現状、いつ、安定した幸せやら感染症の排除になるだろうか?

 こんな幸せの国のほんの少し向こうでは図り知れない現実があって、NEWSを見て余りの悲惨さに映像を見るのも辛い。個人的には何か出来る事は無いか自問するが見いだせない。残念ながら只々、平和を望むことだけである。

 そんな中であるが、可児市役所北側可児川遊歩道に桜並木23本少し老木になりかけだが、いつもならそろそろ花見見物として提灯が準備され昼中の散歩スポットにもなっている。また、夜は夜で提灯の明かりが桜の花びらを映し出し幻想的な感じであるが、コロナ感染症の流行に伴いその明かりは自粛しており心の明かりも楽しみも同様に陰っている。

 昔、多治見市内で桜再生事業としてボランティア活動していた時の事であるが桜の寿命は80年から100年と言われ樹木医などが手を掛けて風雪での痛みやらの補修並びに土壌管理、樹木根の損傷度合いを総ざらいして管理する必要がある。しかしながら桜の根は道路等で圧迫され損傷が激しいと桜は自分で対角上の枝を自分で枯らし生命を維持するとの事であった“生き残り原理”。

 そんな桜街道を散策しつつ可児川のそよ風に爽やかさを感じる季節に実は庁舎内「喫茶軽食店」が3月18日を以て閉店された。

 可児市になってから総合庁舎で開業し現在の所に14年前に移り可児市庁舎内の人気店、市役所に訪れる方々の憩いの場として活躍されました。                    

 ~本当にお疲れ様でした~

 どうか、次に営業される事業者の方が更に可児市中心地で人気店、そして楽しめる憩いの場を提供して頂き「もう一回行きたい、毎日でも食べたい、こよなく地域に愛される」店舗を楽しみにしています。

 可児ビジネスカフェへの相談者の方々も多方面にわたり、少しでも満足度UPを図り、念願叶って開業に結びつければひとしお喜び嬉しく思います。

 令和4年度もスタッフ一同心よりお待ちしております。 

“元気な街創りに” 我こそ開業をお考えの方どうぞいらっしゃいませ!

 2022.3.23


染みついた確認行動

 人生は生きて行くうえで、その年齢や経験(学習も含む)に見合う行動展開、判断、予測など幾つかの難局に直面して結論に結びつける。しかしながら誰でも明快な答えで正解ばかりではない。常に失敗はつきものでそれにめげずに頑張られる体力、精神力など普段から心身を養うことが必要かも知れない。

 働く時は働き、趣味に没頭する時は趣味に転換して、心と体を休めながら次の行動展開に活かすことが何より大切である。

 心が痩せてしまうとついつい焦り気味、普段なら本能的に確認し失敗しないはずなのに「確認の確認」しても心に余裕がないと信頼を損なう信号が点灯してしまい何故か慎重でも些細な事で失敗に繋がる傾向となる。

 問題は其処まで万全を期したのだから結論として良い方向に必ずや転じると思うことに(気負い)大きな落とし穴が生じることなのだ!

 令和4年度 心の準備として、投げた球がどこに飛び、どこに落ちそこからどの様に球が継走され元に戻る。野球の例えなのだが、やはり、最後まで確認することが野球を面白くし、隠し球でアウトしても卑怯ぐらいしか伝わらない。

 くどいようだが自分を守る、職場を守る(企業を守る)、信頼をした・任せた部下を守ることはそれに尽きると考える。

 よくよく考えるに「しまった」は結果であり過ぎたるは及ばずであって究極にはもう遅いに繋がる。私達の生活の中で小さな事で取り戻せる範囲は許されるが、ここぞ一番大切な時こそ確実に検証しておく。必要な事は普段から自分の行動を体に染みつかせ当たり前の様に考えなくとも動作、行動が働く様にしておかないと「しまった」が許される範疇なら不幸中の幸いなのだが?

 なんでもそううまく行くものでない。

 免許取得の教科に「危険予測」の課題授業があって配点割合も高い。常識範疇のような問題であるが運転に慣れた時に無意識にも内に交通規範が働いて、一般的に言う「認知から予測・判断して操作」が要求される。しかしながら教科で少しばかり学習したとしても“いざ”の場合に即応できない。ここで大切な事、予測を立てて判断し安全への操作に切替える。視覚から脳に伝達・操作に行動できる日頃からの鍛錬(集中)が必要とされる。

 それは社会の予測も同じであり、私達は失敗など出来るならしない方が良い。失敗から学ぶのも成功の一つかも知れないが、取返しの付かない「しまった」は組織(企業)・職場が取り戻せないことになれば!やり直しは出来るかもしれないが元には戻れない。

 ~石橋を叩いて渡る=染みついた行動~

 何事も安全であるが、手間もいる。しかし、忘れてならない事は「しまった」が一度発生すると修復に相当に手間が係り、やはり、最初に手間であるが習慣を通して確認の確認は体に染みつかせて、くどいようだが無意識の内に安全行動、自分の周りの大切な方々を守る人になる。組織が崩壊しない鍵で有ろう。

 大阪の企業に日本最古の千年以上続く企業が存在するとの事。正に、ある時点で組織を分割して、組織内で競争心を高め、失敗しない生き抜く議論(世襲制がない)があったとされている。

 事業の存続は正に「しまった」が無く致命的な甘い行動が無い。鍛錬々!

 2022.2.28


芭蕉の俳句から故郷考察

 加茂郡八百津町久田見に於いて松尾芭蕉が詠まれた俳句を一句紹介致します。

「山里は 万歳遅し 梅の花」この句は現在、久田見地区内の石碑に刻んである句で私の故郷(八百津)でもあります。

 学校に通っていた頃に学んだ内容は、正月に漫才(万歳)が所々の民家など廻って民族芸能(昭和のころは尾張漫才(万歳)?三河漫才(万歳)?)では無かったか。ただ記憶には漫才(万歳)師が布袋様の着るような容姿(七福神の恵比寿様が着込む纏いやら帽子)に手堤を持って踊りながら演芸を行い、その芸能を披露して私の小さい頃は多分、お金のしのぎでなく、モノ(米とか民家の出せる範疇なモノ)で芸能を楽しみにしながら正月気分に浸る事だったと推測する。

 当時(17百年ころ)、芭蕉の詠んだ句の意味は「正月に本来漫才(万歳)を楽しむ事だが、漫才(万歳)師も稼ぎの良い商人(あきんど)の街を優先して辺鄙なところまで来て漫才(万歳)師の民族芸能の披露は2月から3月ごろの梅の花が咲くころで有り、何とも奥地(辺鄙)なところとして詠まれたと習った覚えです。

 何故、この句を紹介しました事は、昭和初期のころ、現在の多治見市土岐川以北前後から木曽川以南前後まで「可児郡一色の地名」近年は市町村合併を経て、現在の可児市が昭和57年に誕生(生誕40年)している。何より木曽川南北前後を挟んで加茂郡が立地して、そのかかりに久田見地区が存在している。そんな広大な面積に一つの括りから考えて見れば近年は地区の整備及び分割でもしなければ行政からの住民支援が潤沢に機能しないのかな?

 年譜の流れは数百年の時差となるが、その芭蕉の生きた当時を紐解きながら歴史を見れば、芭蕉が詠んだ句の時代も同じような郷土で有り、私たちは歴史から郷土を知り、何より道路交通網の整備が地域発展に大きく寄与し広大な地域が「道」により産業・経済が発展して来ただろう?

 起伏の激しい難しい地理も原因しているが、やはり産業を育てるにはインフラの整備が重要となり其処からはじめて暮らしに見合う経済発展地図が出来上がる。

 芭蕉の時代から数百年も経過してようやく近世となり行政の効率化に向き合い見合う実効性の高い地域が発展し今が出来たと推察する。

 冒頭にお話ししました芭蕉の詠まれた句から想像もつかない時代を超えて今、感ずるに

① 平野部と山間部はやはり道路を繋ぐインフラに相当な費用が投資となるため常に整備が前向きより維    

  持管理が中心となり山奥が又、山奥となる!

② 辺鄙こそ自然のまま!其処に住むことの素晴らしさ!

③ 先祖を支え先祖を守る意義、そこに住み続ける価値の重要さ!

④ 時代を越えても“山が”風景は変わらず!

⑤ 平地(平野)と山間部は便利さに大きな違い!

 知れば知るほど“山が”で詠まれた俳句がいとも簡単に時代を越え。今も福来たる漫才(万歳)師が笑いながら手堤を持って踊るようすが目に浮かんでいる。

 2022.1.12


手から離れたらお金は戻らない!

 今年も師走となり、それも月後半 冬至も過ぎ いよいよ年末、新年を迎える時季となった。このくらいになるとテレビ番組も歌謡が多く賑やかな感じである。  

 平和であるが、最近のニュースに注目すると、各地の地震情報やら米国ではもの凄い竜巻が一斉に発生して多大な被害が報じられている異常気象である。新型コロナ感染症も新たな変異株に!いつ終息するのか明るい兆しが見えない。更に幾つもの社会を恨んだ凶悪事件など実に痛ましい事件の数々のことである。

 確かに環境一つとれば環境破壊、今、注目されている温暖化、気象変化が大きく起因している様子。ひとたび雨が降れば100年に一度ぐらいが、ほんの少し前の大雨であり、台風も想像を遥かに超える暴風雨となり、先ず、気象庁の発表は以前と違い「命を守る行動」が早い段階で示され少なくとも、逃げる事が最優先として避難行動と啓蒙を図っている。

 環境破壊が進みつつ、人類に対して自然からの警笛・忠告だろうか?

 たかが、明治維新から150年ほどしか経っていないのに凄まじい進歩に対して裏腹に手付かずの環境整備、維持後退が発生、その事象は各段に大きく感じられる。

 <自然・人災の脅威、振返って感じる事>

・新型コロナウイルス感染症の潜む脅威に慣れない(十分な生活習慣の励行)

・自然災害に対して対策準備を日頃から常に意識する(枕元に靴を含む非常袋)

・防災・防犯として地域の連携を一層に高める(日頃から一声掛けの優しさ)

 <鳥のサギは餌場に戻るが人のサギはお金が手から離れたら戻らない>

・困ったら相談・悩んだら相談は行政機関、専門機関を利用(相談結果から判断)

・特に巧妙な手口、巻き込まれる詐欺多発に注意(常に疑う)

 ここ最近の金融機関の対応策として、自動支払機の出金限度額の引下げ、窓口出金の一定額以上は警察への連絡、立会など、あらゆる騙しの詐欺から高齢者等を守る処置が取られているが、それでも新聞の記事に載らない日はない。

 残念だが、根本的に国民性が優しいかも?

 肝に銘じよ 騙す集団に性善説は通用しない!

 騙されない一案として「①金を渡す②金の減少(振込)」は、必ず一度立ち止まりして翌々日に行動する習慣と警察窓口・行政の窓口・金融機関の窓口等に相談する事が最大の未然防止策です。自らお金を離さない事です。

 2021.12.25

聞く耳の大きさは思考巾が広く安全弁

 事業を成功させるには如何なる時も先ず「聞く、聞こうとする」その立ち位置から自分の描いたビジネスチャンスに最も近道であり、それを活かし、場合によってはそのヒントが後の大きなビジネスに繋がると思う。

 起業する事に完全に自信を持っている人はいない。誰しも不安と背中合わせで事業展開してそこから経済環境の中で必要とされている事、社会から何でもない思いもよらない所から「派生的」にビジネスが生まれ、連鎖を通して導きされる事から結果が表れて行く。特に事業主は個性的な人物側面など様々だが、自分の夢、希望、経験則に重心をおいている人、なかなか人の意見など聞く耳を持たないのが当り前かも?それでもそこから成功者は生まれる。が、永遠に続くかは疑問である。

 どんな些細な意見でも、受け取る側の姿勢により結果は大きく変わる。

 意見、アイデアも含め幾つもの参考意見として捉えビジネスに役立つ物を精査しそこから一つずつ積み上げてあらゆる角度から事業への認識を洞察し見えて見せての基本とし社会の要諦事項をタイミング良く吸い上げる。

 焦らなくても良いが着実に進歩(成功)出来る事、後退すべき事、新たに追加する案件など、何かを主とした骨太の路線は、極力変更せずに初志貫徹が良いと考える。

 特に経営者となり従業員との雇用関係及びパート職員等、雇用関係が成立すれば当然ながら一定の法律から雇用維持に必要な総合的な労務管理の態勢整備が必要とされる。しばしば、組織の存続として大きな事象の問題に発展する恐れとなる。折角、採用しても職場環境が未熟・未整備だと有能な者は辞めてしまう。如何に魅力ある職場、課題解決に対して意欲を持てる、発揮できる、組織の連携が無駄なく繋がる事が一番大切であろう。

 学業卒業して社会人になり起業を目指す人、自分の希望とする職業に就き、自分の能力を発揮出来る先を探し、生涯の働き場所とする人や自分のキャリヤを養成して磨きより高い満足度、遣り甲斐のある職種に就く事を目指すかである。

 どんな規模の組織でも「組織の不協和音」警笛に気付く事がなければ要注意

    ~如何に日頃から空想・嘘は必ずばれると座右の銘とすれば良い~

 では、耳が小さいと潜む問題として内部通報制度の大筋について述べよう

 ①内部告発は、社員・職員などが、組織内における法令違反、不祥事、社会に害を与えるような違法行    

  為や不正行為などを、行政・司法機関、消費者団体、マスコミなどの外部に対して情報を提供するこ  

  と。

 ②内部通報は、社員・職員などが、法令違反、規則違反や不正行為や疑問などを組織内部の窓口に対し 

  て、匿名または実名で相談・通報すること。

 ここで、なぜ内部通報を取り上げたか?企業の存続のイニシアチブ

  1、なぜやってはいけない事なのか?

  2、どうしたら魅力的な組織環境の創造に愛せる職場としていけるか?

 憎悪を増幅し何ともならなくなる事を想定すれば「ここが一番」自分の人生の中で出来上がった経験則が正しいと勘違いしない冷静な判断と環境創造が今、求められる経営像であると確信します。

 2021.12.3


人を育てる(褒める)社会にメダルを贈ろう!

 今年は、新型コロナ感染拡大を受けて昨年開催予定の東京オリンピック・パラリンピックは1年遅れの開催となり、一向に収束気配のない様子から開催を含め国民感情も様々な思いであったと思う。

 開催の結果として感染拡大が少なからず起因したかのように大きく感染者が増加し、ただでさえ医療逼迫が続く中、医療関係者の方々・保健所関係者等とんでもないご苦労に精神的及び肉体的に大変だったと思います。

 オリンピックの開催の是非は省いて考えて見るに、やはりスポーツ競技大会・観戦は実に楽しく美しい、心躍らされる素晴らしい祭典であったと思う。

 数年前に東京での開催場所が決定してから数々の不本意な出来事が報道され、日本の社会が国際レベルと若干乖離していた事が何となく露呈し日本人として少なからず気持ち(誇り)を下げてしまったかな?

 前回、東京オリンピックは昭和39年開催、まだ、子どもの頃であったが「マラソンの君原、体操の遠藤、バレーの東洋の魔女」と子どもながら記憶として感動を覚えている。あれから、57年の歳月が経ち日本中が沸きに沸いた素晴らしい祭典は今も人生の宝として思い出となっている。

 その後、何時に手に入れたか分からないが東京オリンピックの記念硬貨(100円硬貨)もいまだ手元に少額ながら我が家の家宝としている。

 当時、オリンピックに出場する事が出来なかった、加茂地区に地元の凄く速い女子の短距離選手がおられ、地域の希望の星でもあった。当時、この様な大会に出られず残念であったと記憶する。オリンピックに出場さえ凄い事、決勝に残る事など雲の上、そこから世界最高の金、銀、銅など手にすることなど想像も出来ない。が、金メダルに輝いた選手もそれ以外のメダルでも予選落ちであろうとも、大きな結果だ!

 ここに改めて祝福と賛辞を贈りたい。

 勿論、パラリンピックの方々も同様である。いつからパラリンピックが並行開催になり始めたか?承知していないが本当に凄く努力の賜物として祝福します。

 何か秀でる「体育系、文化系、突出した能力」有れば嬉しい事だろう。

 そう思うと何もない自分を考えたら人生で今まで大病もなく、怪我と言う怪我もなく隘路であったが普通に今、幸福におれる事を感謝して途方もない結果に執着出来る夢と現実は無くとも社会に育てられた普通そのものがメダルに値し、健康に感謝を!次の方々に感謝をお渡し出来るように社会で頑張りたいと願っている。

 地域社会から育てる人材育成はあらゆる局面に惜しみなく労力を使い、社会のため、人のために其々が楽しく社会環境を見据えて人を育て、誰一人落ちこぼれが無い社会、正に人の育成に大小違いはあるが、育成にメダルこそ必要であって「小さな良い事」に褒める社会で人材を育て感謝を以て行動すれば社会のメダルに値する人へのメダル、希望に満ちたやる気のある心豊かな社会が育ち、何時しか雲の上の上に達観されると信じて見よう。

 2021.10.18


果樹園に携わる「中濃地方にりんご」実る

 以前、長野県へ旅行した折りに丁度りんごの収穫時期と重なり、りんご果樹園は緑一色に赤いリンゴの鮮やかな景色であった。広大な面積に点々とした赤玉が見事に色彩を醸し出し素朴な情景の果樹園に心打たれ、この岐阜県中濃地方でもりんごの樹が育たないか(寒暖差が大きくない場所で?)調べてみた。

 愛知県守山地区の果樹園でりんごの樹が植栽されており又、大垣地方でも果樹園を行っている所があるらしいとの事であった。勿論、岐阜県山間部の飛騨方面でも果樹園をしている所があるらしい。

 余り調査もせず、近くの園芸苗木店でりんごの樹を数本買い、畑に植栽して、もう6年になる。二年前、小さいりんごが一個なり大きくなる前に自然摘果(落下)となり残念ながらミカン程度の大きさだった。小さな初めてのりんごを4等分にして知り合いの者と試食、りんごの味は確かにした。

 昨年は4個なり一個をワイン漬けにして少々氷砂糖を加え食べやすく飲みやすくしてみた。しかし美味しいか?氷砂糖分量入れすぎにより甘さが強くやや失敗でもあった。後、3個は自然摘果(落下)もあるが敢えて取った物もある。大きさも果物店で売っている程度の物になったのも1個あった。味もそれなりに美味しかった。 

 ~それこそ自己満足と自慢のりんご(果物)であった~

 昨年から近くの図書館でりんごの樹の成長過程に何をすべきか、肥料を含め、消毒、りんごへの被せ、枝木の剪定まで読み諳んじてまで行かないが、何と!りんごの樹に今年4月初め花芽が付き出し、4月の中旬から5月連休ごろまで花が満開、少しでも受粉と思い朝方は虫や蝶に代わりせっせと行う。5月中旬から下旬にかけて親指ぐらいのりんごの形が出来上がった。梅干し程度になったら、りんごに袋掛けして少しでもりんごに虫がつかないように丁寧に包み、なお、消毒も実施する。8月20日ごろで手のひらサイズに近い大きさとなり毎日りんごを見るのが日課となっている。丁度、昨日は野鳥やら小動物に食われないように大き目のネットを被せ、日追う事、楽しみの毎日である。現在、数本あるりんごの樹の内1本のみりんごが50個ぐらいなっている。他のりんごの樹はすべて自然摘果(落下)となり、まだ、成長不足のりんごの樹である。勿論、50個ぐらいなっているりんごは既に15個ぐらい摘果作業終了して少しでも大きく(一般的)大きさにするために惜しみながら摘果とした。

 今後のスケジュールは9月中旬(秋のお彼岸ごろ)気温の差が大きくなり「ふじりんご」ならより色が付き始める。10月下旬ごろ太陽の光をいっぱい浴びて甘みが増す。なにか?東日本の方ではここから収穫は11月中旬(「蜜入り」蜜を入れた様に)で甘さの中に酸味があって深い味わいとなるようだ。

 最後にりんごをかるく水洗いして少し厚めの輪切りで食べる事が一番らしい。

 感触で果実を実らせているが、いまだ良く分かっていないが正直のところ。理論的に考えれば、りんごの樹は太陽の光、適度な水分(雨量)、風通し良く、寒暖差、肥料と消毒及び、こまめな手入れをして丁寧な愛情をより注ぐ事こそ素晴らしいりんご(果物)が出来る要素だろうと思う。

 私達が今、忘れがちな事は食料品店に行けばなんでも幾らでも買える。しかし、社会環境や異常気象等が予想を遥かに超え、非常事態がひとたび発生すればインフラが追いつかず物流に支障となり、いつもの「当たり前」がそこには無い。

 忘れてはならない、何事も経験し場合によっては失敗も成功への道筋となり、自給自足の経験として少しでも身に付けておく学習は大切な事である。

 農業経験のない方がおとぼけで、落花生が枝になっていると思っていた様にならないために取組む。苦労はかってでも若い内から携わる事が今、思えば大切であったと感じている。 ~生きるは晴耕雨読が必須かな?~

 2021.8.20


君子(若者)危うきに近寄らず

 来年4月1日から成人年齢が引き下げになり18歳から法律行為(民法上)が自分の意志で行えるため、一部を除く権利と義務は現行年齢より引き下がる。それと別に凶悪事件等が時代の流れとして少しでも抑制され、若者から大人になる自覚として若年化でも良い事だろう。

 良く考えれば明治、大正、昭和の初期までは小学校を卒業して既に働き始めた丁稚さんとしてご苦労された方も多い。社会の厳しさを肌で感じ荒波に耐えて来た人生から想像絶する隘路な人生だったと思う。

それを考えたら成人年齢の引き下げは大した問題でも無い。しかし時代が変わり、情報が幾らでも飛び交う様子から「心と技量と体」が果たして具わり養われているだろうか?

 そんな中、今後、経済上の経験がない若者に取り巻く危険な渦は常について回り、民法上のトラブルに経験則が殆どない未熟な若者が標的になる可能性が実は高い。では、義務教育ではどの様なポイントを以て社会教育等を学習に反映して行くだろうか。経済社会の経験が殆どない若者の若年層(13歳から17歳まで)の社会に潜む事案学習だけでなく、実際に出向いて社会経験を体験させ、俗に言う「里子教育(一定期間宿泊を含め外部環境に浸る)・インターンシップ」も何より大切かなと思う。それも学習と実務に取組み、交差訓練等を駆使してより社会での安全を念頭に実施する必要がある。

 昔、金銭が余り流通していない時代に日日の掛買いに「御通い帳(ごかよいちょう)」として月払い、盆及び暮れに支払う信用習慣が出来上がっていた。また、経済環境の発達の段階でそれに伴い掛買い、掛売りが発達してより経済活動の拡大戦略として後には手形及び小切手の経済対応(一定の約束契約と制裁処置を含め)をするようになった。

 そもそも、今の時代と違ってお金を借りるには難しく、それなりの財産・保証が無ければ融資を受けることも出来ない。そこに小さいながら「無尽講」などが発達して利息を支払う代わりに自分の必要資金が欲しい時に、先に受け取る地域・業界仲間の連携・連帯も発達した。それも、小さな対象範囲のため、そこでようやく、金融機関の大手企業対象だけでなく中小零細企業・個人を対象に金融機関の本来あるべき姿に変遷し、現在では、金融機関の融資活動が経営の基準となり一般化され、なお、そこから対象、条件が外れた方々に対し、信販会社等の仕組み社会が構築されて来た。

 ~若者に告ぐ、表面ではなく危険が潜んでいると常に疑う心~

◇随分前に車が買える様になった時の事、取引先の自動車販売先の社長がいつも窓口に来られ、しつこいほど車両の営業されていた事を思い出す。自分の欲望も抑えきれず、ついに押されて中古車を購入。それから数年経ってからその社長曰く、知り合い、身内等に売る事が一番儲かる。なぜかと言うと「最初は安く、次にまけといてよ!」と切望されるが、その次にくどく値下げ、サービスの要請が無いため自分により近い人の方が儲かるとの弁であった。

◇特にクーリング・オフ制度は消費者保護の制度のため事業目的の契約は適用外となる。若者等が多く利用しているインターネットによる取引は通信販売の範囲のためクーリング・オフ制度の適用がないのでより慎重さが要求される。甘い誘惑に乗らない、簡単に儲かる、楽が出来る事はない。

 物事に対してその環境を取り巻く状況の観察・洞察力を含め一旦立ち止まり良く考えた責任ある行動する事が最良であると信じている。

 究極は危険なところに足を向けない、踏み込まない、と言っても貪欲精神であって消極的ならず。 

 敢えて水溜まりに足を踏み込まない!! 好奇心無用

 成人になればなるほど「李下に冠を正さず」を思い出して見よう!!

 2021.7.30


我が家の憲章(生活信条)

 我が家のトイレには我が家の憲章(世渡りの道)生活信条を掛けている。もう随分前に義理の弟が役所勤めでお客様に頂戴したB5位の筆の書き物です。いつもながら読む事無く眼下に映るのみで余り意識しない掲示物です。こと、空気のような存在ですが、難しく考えること無く、必要に応じて読み返し自認して心のよりどころにしています。

 先ず、それをご紹介致します。

「世渡りの道」

家内仲よく  揃って勤勉        先祖をまつれ   親をおがめ

天地に感謝  社会に奉仕        人をうやまい   わが身慎め

よく働いて  施しをせよ        不平不満を言うな 愚痴を言うな

人をうらむな うらやむな        口をひかえて   腹立てず

貪欲起せば  大怪我の元        親切正直     成功のもと

 そして、最後に筆書き(揮毫)で創作者の篆刻印が押されています。

  (長く) (大きく)                                                  (横)

 気 人       己(小さく)    腹  

    

  (丸く)                     (長く)

 

 心           口(小さく)    命           

 

 何処の方が考えられたのか分かりませんが、恐らく何処かのところから引用して創作者の思いを込められていると思います。

 なぜ、本日はこの事を紹介したかです。

 私の職場「可児ビジネスカフェ」の入り口横の西側に可児市民憲章が大きな縁取りされたものに憲章が掲示されており、読めば何処か?通ずるところがあって何時も月初めには時間の許す限り読み返して可児市勤労者としての自己研鑽しているところです。

 <可児市民憲章 昭和57年制定> HPでも紹介してあります

前文 ゆたかな自然にはぐくまれ 多くの文化遺産をとどめる 古い歴史のまち可児はいま 新しいいぶききにみちて 大きく伸びようとしています。

 わたくしたちは 可児の市民であることに 誇りと責任をもちさらに住みよく さらにゆたかにするため 願いをこめて この市民憲章を定めます。

 わたくしたちは この市民憲章をつねに生活のよりどころとして 心をあわせ 力あわせて進みましょう。

・たがいに信じあい 助けあい あたたかい心のつながりをもちましょう~略

・めぐまれた自然を愛し 太陽と緑の美しいまちをつくりましょう~略

・健康なからだをつくり 楽しくはたらき ゆたかなくらしをきずきましょう~略

・教養をたかめ ふるさとのゆかしさを生かし かおり高い文化の花を さかせましょう~略

・よろこびと希望にみちた家庭をつくり 若い力をそだてましょう~略

 など、実に私達はどこか信念・信条に頼るような言葉、生き方を支えとして、苦境を乗り越え様々な状況から自分の家族、勤め先、地域に惜しみなく心の絆、誇りとして努力する事が生かされている宿命ではないかと思います。

 人から人への伝承を含め社会が永遠に「幸福(しやわせ)」を掴むことに、たまには思い出し心静かに貢献出来たら良いと思う。立派な人柄でなくても思いやり等が永続出来る信念・信条を持ち自分の心の支えに出来たら良い。

 ふっと考えると・・・・

 金融機関に永年勤めた際に経営理念 / 地元と共存共栄が柱となり「地元と共にあり、共に栄える」が経営者の言葉として、其れを信念・信条に出来た事が今、一番のしやわせ(幸福)に繋がった事だろうと思う。

 どうか、市民憲章読まれていない方、一度は読んでみて下さい。必ずや人が生きていくために必要な響き、「~つねに生活のよりどころとして 心をあわせて 力あわせて進みましょう~」支えとして頑張りたいと思います。

 随分前の会社員時代には、当時の経営者の心髄な言葉として「努力のないところにしやわせ(幸福)がない」を思い出します。自ら運命を引寄せる信条のありがたさを知った事です!

 2021.6.30


休眠(睡眠)預金の仕組みを知る              ~中間を経ず自ら社会へ~

 10年間出し入れがない預金は従来「睡眠預金」と呼ばれ、金融機関の収益(その他雑益処理)とされていた。しかし、実務編は、お客様から通帳、証書等と届印があれば、かつ、ご本人確認書類が揃っていれば民間金融機関は損失(その他雑損処理)としてお客様に払い戻す。要するに法律行為(援用)を実施する事なく、一定の条件が揃えばお金を払い戻す対応としていた。

 郵便貯金は別物扱いとして「一部の定期性貯金は満期日の翌日から20年2ヵ月間、払い戻しがないと時効が成立」預けたお金は最悪!・・・自分の手に出来ない。

 この状態を回避するためには、一つ、お届け住所から転居した場合に必ず変更をする。例えば、通帳、証書等は家族に解る様になるべく一カ所に置くとか?万一ご本人が判断出来かねる状況になった場合には、速やかに継承される方への対応とか。  

場合によっては相続対応の手続きを行うとか?少額だから「まあいいや!」となら無いように確実に預けた物は必ず受け取る。と言った気概を持つ事が大切だと思う。・・・一円を笑う者は一円で泣く・・・“思い出されましたか?”

 ここで、世界的な情勢から日本でも法案(休眠預金等活用法)が2016年に成立し2018年に施行された。なので、2009年1月以降から10年間入出金が無い預金は休眠預金となり預金保険機構に移される。そこから指定活用団体(政府の申請・認可及び監督されている)ところから次に、資金分配団体(資金及び人材等の支援)に!そこから実行団体(NPO法人等)を通して社会に支援する仕組みとなっている。

 当然ながら社会に還元できる仕組みとしているが、その中間には事務方・裁量している人材等の経費は別途必要となり、社会の隅々まで預金保険機構に移行した金額を平等に支援するためには、一定のスキームが基準となる。しかし、その実施・実効に携わる方々に先ず進むため、本来、提供すべき支援額が一部消滅する。

 勿論、元を正せば誰かのお金で管理不足と言わないが権利のある方から直接に自らの手で支援すれば、もっと社会貢献が出来ると思う。

 因みに、郵便貯金は2007年10月1日郵政民営化となり、その前に取引した定期性郵便貯金は旧郵便貯金法の対象となり満期後、20年2ヵ月経過していると払い戻しを受ける事が出来ない。

 なお、2007年9月30日時点で通常の郵便貯金も旧法の規定に基づき払い戻しを受ける事が出来ない。(出入り動きが無かった場合)

 問題は民営化になる前の時効が、まだ一定期間存在していて、「援用・・・自己の利益のために、ある事実を提示して、主張すること」がなされるため注意が必要である。その点、民間金融機関は法律行為によって主張しないので基本的には時効は成立していないから、ご本人の確認書類、通帳・証書等・お届け印、があれば少し時間がかかるが、払い戻しの対象になる。どうせ、金融機関で休眠預金になり社会に貢献する仕組みなら、自らの預金資産を管理して自ら社会に貢献する事の方がより具体的に支援しようとする金額が減額されずに自らの意向、意志を以て社会に直接貢献できる。

 今こそ、自分の管理すべき預金・預貯金を調査して社会に自分の意志でご自分の手で、実効性の高い方法で臨む事が一番良い事だろう!

 今後は、民営化となった郵便局も一定期間経過していれば、旧法に基づく時効条件があるものの民営化になった後の預貯金は基本的には払い戻す事が出来るようだ。

 休眠預金にしない方法 ①1万円以上の残高 ②案内届く(都度変更して住所は常に最新とする) ③10年の内に一度は意識して動かす(満期を有する扱いは書替含む) ④少額残高の通帳等はなるべく通帳を集約する ⑤決して「まあいいや」とならない様に管理々です。

 ~びっくりですね~

 少額通帳・証書等(休眠預金額)全国の該当総額は数百億円と言う?

 2021.5.28


遠い時代 友に感謝 「金の卵」の運命や!

 昨年4月に着任いたしました新天地(可児ビジネスカフェ)、そこで引継ぎを受けながら、心新たに着任したところで名刺をお会いした方々に渡し ご挨拶申し上げました。たまたま、その日にお見えにならない、女性でしたが、私、この名前知っているとの事、全く知らない女性でしたが どうも学生時代の同級生、え~、全く記憶になく、その方は私を幽かに記憶に残しておられ、大変に申し訳ない気持ちで家に戻り、早速アルバムを開いて彼女の確認、なんと、50年以上も経った事と言え彼女には記憶があった。のに、・・・私には全く記憶になかった・・・ 

 頭の出来と言えばそれっきりだが、何故かと考えると、私は特に異性に対して余り心開かなかった小心者、自分の若かりし頃の姿がよぎる。振り返れば独特な自分の青春時代の想い、背景(戦後)、労働力を補う社会により集団就職(就職列車)そして団塊時代の労働力不足を補う代名詞(金の卵)環境等々、現実を余り熟知していない者であって、故に・・・大きな人生設計を持っていた少し変わり者であったと記憶する。             

 彼女の容姿は歳月かけて若干老けたことも重なり気が付かなかったのか、何より自分の心意気が極端に下がってしまった新天地の始まりであった。 

 しかし、裏を返せば50年以上も経っても幽かに覚えていてくれた事にほんとうにありがとう。刎頸(ふんけい)の友とまで言わないが、感謝 感謝の気持である。

 アルバムの容姿から徐々に記憶が蘇り、もう、50年以上前にあの場所で学んだ風景、様子がほんの少し想い出され恥ずかしくも感じてしまった。緊張していたはずだったが心身ともになぜか?軽やかな気分になった事を思い出す。

 ~その時代~

 言われたら直ぐに動く「返事はハイのみ」素早い行動こそ働きの始まり~「丁稚さんの時代」~から~「金の卵の時代」~に突入!

 その時代に想いを寄せた人生設計は如何に! 確かに働き詰めだった自分に少しは休息でもと思うが、家内は、貴方が働きを辞めて足が止まったら今より、更に老けるよ?の優しい言葉が駄目押しに返って来る。

 「金の卵」の運命、働きが生涯、それによって健康寿命を少しでも延ばして、若者に負担させないような老後・医療を迎えたいものである。と思いながらも夕日の沈むころになると、何か魔物に取りつかれ しみじみ、もうちょい呑む悲しき「金の卵」なり。

 最後に紹介します

 井沢 八郎の「あ~上野駅」1964年東北地方からの集団就職の愛唱歌として歴史に残る名曲です。いつもこの歌を聴くたびに、家族や地元の知り合い等、若かりし頃の思い出が蘇って来ます。何十年ぶりかに友人に会えたことに思い出された。私は家族の援助により就職列車に乗らず就学となった。しかしながら就労環境の変化は、その後、日本社会の大きな基礎になったと思う。

♪ どこかに故郷の   香をのせて

  入る 列車の    なつかしさ

  上野は俺らの    心の駅だ

  くじけちゃならない 人生が

  あの日 ここから  始まった  ♪  

 それぞれ出発点こそ違うが「歌は世につれ 世は歌につれ」を想い出し、コロナ禍の時代に明るい灯を見つけたいものです。

 今は心の中で ♪ 歌は我慢しよう!

 2021.4.26


佐藤一斎「重職心得箇条」の教え、今に通ずる!

 今回は、経営者(重責者)の心構えとして江戸後期の儒学者、出身地の岩村藩に提供したとして現代に通用する教えがあります。

 百歳学入門「少(しよう)にして学べば、則ち(すなわち)壮(そう)にして為(な)すこと有り。壮(そう)にして、学べば、則ち老いて衰えず。老(お)いて学べば、則ち死して朽ちず」

 内容は「学びつづけること」が心も身体も健康にする。「学ぶ人」は老いても衰えない。

 一斎の代名詞として六十歳すぎてからの「言志四緑」が有名である。

 本日は、「重職心得箇条」を紹介し、どんな企業でも、起業される方でも経営者(重職)の教えを参考にして、なお、その重職と重責を重んじれば必ずや成功に繋がると信じています。

 ・・・・時代関係なく経営者となる大きな心得ではないだろうか・・・・

 一条  重職(上に立つ者)は名を正せ 重にして大であれ

     (重職は、それにふさわしい威厳が必要である)

 二条  公平であれ 人を育てよ

     (重職は、自分の好みでない部下をこそ尊重して使え)

 三条  家法は生かせ 因習を改めよ

     (重職は、時に応じて、改めるべきことを改めよ)

 四条  先例にとらわれるな

     (重職は、前例や規則にとらわれてはいけない)

 五条  前兆を察し時期を失うな

     (重職は、チャンスを逃がしてはならない)

 六条  大局に立ち公平であれ

     (重職は、渦中に飲み込まれてはならない)

 七条  権力を監用するな

     (重職は、無理強いや押し付けをしてはならない)

 八条  多忙と言うな 心身に余裕を持て

     (重職は、忙しいと言ってはならない)

 九条  賞罰は部下に任せるな

     (重職は、託された重大な権限は自ら執行せよ)

 十条  見通しを立てよ

     (重職は、目先の事にとらわれてはならない)

 十一条 寛容な心と広い度量を持て

     (重職は、広く大きな心を持て)

 十二条 信念は持て 意見は聞け

     (重職は、他人の意見にも謙虚に耳を傾けよ)

 十三条 調整は信と義で行え

     (重職は、部下同士の調和に心を配れ)

 十四条 まごころからの政事を行え 事務は簡素化せよ

     (重職は、仕事に手をかけすぎてはいけない)

 十五条 悪い風習は上から起こる

     (重職は、表裏があってはならない)

 十六条 むやみに隠すな

     (重職は、公開すべき情報は公開せよ)

 十七条 人心を一新し夢を与えよ

     (重職は、部下の気持ちを明るく保たなければならない)     

 ~究極は経営者の企業環境づくりと人材育成、魅力ある事業創造~

 2021.3.26


可児川に想いを抱く”川遊び、はしゃぐ子どもの声”

 可児市中心を流れる可児川(岐阜県・一級河川)は御嵩町鬼岩の頂上にある松野湖を源流として御嵩町から可児市内を通り、可児市土田で木曽川と合流している。河川の長さは23.9Kmだそうです。

 可児川の流れには各市町村からの幾つもの支流が注いでいる。普段は流れも小さく、水量は少ない。それが、ここ近年のゲリラ豪雨やら線状降水帯が重なった時には相当な水量となり、数年前には河川を覆うように激流、実に恐ろしい場面が脳裏に焼き付いている。河川流域の流れを散らす、防ぐ役割としているコンクリの塊。流域のテトラポットもいとも簡単に動かしてしまう爆発的な恐ろしい力である。

 河川流域の安全を確保するに、最近では災害の猛威を回避するために河底の堆積整備、護岸周辺の草木の伐採整備等により水量の安全容量の確保に行政が懸命に頑張っている。しかし、調査対応しつつも、それによって反面では河川流域の環境が崩れ、生き物(スナクジ・ドジョウ・カワヨシノボリ・カワニナ等)、河底にある小石、護岸あたりの植物(ヨシ・マコモ)が絶え河川周辺には「がまと」がなくなり生き物の潜む場所が殆どなくなってしまった。なのに、外来種の生き物は何故か?増え続け生き残っている、不思議な話しだ!

 環境変化に伴い、より安全を目指せば自然は当然ながら追いやられる。安全優先なら昔の自然は無くす。子どもに可児川の良さを教えるなら安全優先しか出来ない。 ~やむを得ず~

 私が現在の駅前から可児市中心当たりに六十年前に良く連れられて叔母の家に遊びに来ていた時には水量も少なく河川の汚れはさほどなかったと感じている。それから何十年も経過して可児川は田植え時期になると少し水質が赤茶色に染まる。農業用受水によって堰止めによる「よどみ」が散見され、可児市では流れに沿う形なのか?よどみが少なく若干に河川の水質が綺麗に感じる。

 そして、河川流域の市町村の下水普及率は細かく管理されており、まだまだ、完璧とは言えないが当時と比べると相当改善しただろう。しかし、それ以上に戸数が増えて、かつ、釣り人の撒き餌、人のモラル低下により河川の水質はどちらかというと汚れが目立つのかな?

 誰もが、この河川の水質が浄化され美しい清流となり釣りを楽しむ、散歩を楽しむ、健康維持を含めて川のせせらぎを見ながら、聴きながら憩いの場所になる事を願っている。

 ~川を中心に故郷への郷愁、変な話だが難しい事だろうか!~

 実際は、漁協関係者の方々のご努力で可児川流域の清掃、松野湖当たりの清掃に励み、また、各市町村のボランティア活動として定期的な活動で清掃活動を実施している。お陰で可児川への放流は、令和2年度では「ワカサギの卵、うなぎの稚魚、ヘラブナ成魚・稚魚、ますの稚魚」を放流して可児川をこよなく愛する人達に提供し続けている。

 それでも、心ない方のごみ放置・廃棄等により河川流域の淵などには雑草にナイロンなど付着し、景観など見るに悲しい。

 また、河鵜の繁殖が目立つ、漁協のお力で放流しても鵜の餌となり、小さな小魚は水鳥の餌になり大きな鯉のみが生き残っている感じもする。

 昔を想い、将来はしゃぐ声が聴ける可児川で、声を上げ子どもや大人が遊べる河川になるための更なる努力が必要であり、子どもが川遊びから学ぶ観察、教育、そして小さな思い出を創り、より愛する、ふるさとの環境を整える事に貢献できるように自身、頑張りたいと思う。他の地域では子ども向けの学習館が作られていて親子学習しているところもあるそうだ。

 そんな可児川を私達の心に刻み、何かにつけ郷土の思いでとしてあらゆる境遇に出てくる愛しき清流「可児川」を希望としたい。

 多くの方々の力(共感・支援・協力)で一層の出来る努力で心に残る美しき可児川を求めていきましょう!

<出来る事5の行動>

① ごみを捨てない、ごみを拾い持ち帰り処分する(可児川見守り隊の編成)

② 地域、職場などによる定期的清掃活動の実施(社会貢献活動の啓蒙)

③ 釣り人は鑑札申請、撒き餌など水質汚染を避けた楽しみ方に(放流増)

  外来種の植物、魚類、生き物の駆除(特に生き物は心痛む!)

  タニシ、カワニナ等の生息環境の整備(水質、安全重視の生息環境整備)

  水鳥の中でも特に「河鵜」の繁殖を抑える研究と対応

④ 下水普及率(限りなく100%に近く、行政の計画的推進に協力)

⑤ 子ども達に可児川での実習(社会教育として小学生を対象に実施)

  河川の野外学習(河川の危険を知る、生き物、植物を観る、触れる実感)

  故郷を愛し、誇りを持てる街(河川敷の有効活用)など・・・

 2021.2.28


自慢できる郷土料理「サンマごはん」美味しさの継承

 日本五大飯の一つ“サンマごはん=さ・より飯”岐阜県発祥らしい!

 私の知り合いで奥がましいが大の友人で料理人、若い時に寿司屋で見習いをされ、友人は生まれつき、努力家で負けず嫌いの「根性と性格」で料理の基本とお客さまを喜ばす(満足度高い)を学び今日に至っている。あらゆる料理に挑戦して来られた努力の人です。元々、実家は食堂をされており、今も記憶に残る、皿だし一品々そろえてガラスの戸棚に入っていて自分の好みのおかずを選んで食事する。安くてその日の食に対するお客様の希望をいち早く捉え、かつ、庶民の金銭感覚とお客様の好みに合った家庭的な食堂、ほんとうに懐かしい限りである。 

 その方に郷土料理“サンマごはん=さ・より飯”をお願いして炊き上げていただき、昨年の初秋に懐かしき“サンマごはん=さ・より飯”を久々にいただきました。育ち盛りのころ、母親がサンマごはんを竈で炊いて、サンマの中骨付き、ブツ切りで炊き上げた“サンマごはん=さ・より飯”懐かしく、例えようのない美味しくご馳走なご飯であった。

 今、母親が元気なら再現可能かも知れないが現実には施設で高齢の病となった今、語るに及ばずにある。

 山が育ちの者が海の物を口にすることが出来ない環境で有った当時、“サンマごはん=さ・より飯”の由来と料理の方法をその友人から聞き、炊き込み方(レシピ)を教わりました。以前、日本五大飯の内の美味しいご飯として紹介された事があったとの事。郷土料理の美味しさ知っているからこそ継承して行く必要が感じられ、ここでご紹介する事にします。

~日本五大飯文献の一部から~

 秋口に、行商人が“さより”を持ってやってくると、必ず一回は“さ・より飯”を食べる。秋のお日待ちなどにつくることが多いとの事。

米一升に対し、生の“さより”を中ぐらいのもので二、三匹(脂がのっている)入れる。“さより” は塩をふってしめてから頭とはらわたをとり除き、五分くらいの筒切りにする。

 これを、二、三回水をかえて洗い、水気を切っておく。米が炊き上がる寸前に、 “さより”と塩を入れる。塩は米一升にさかずき半分でよいらしい。麦飯の“さ・より飯”にすることもある。出来上がったら、くさみをとるため、生しょうがのせん切り(新生姜)か、ネギのみじん切りを散らす。

・・なぜ、サンマなのに・・

 “さ・より飯”生のサンマを丸ごと炊き込む豪快料理。蓋を開ければ、ごはんを台座に鎮座するサンマの姿。さっそく身もはらわたも一緒ごとに混ぜ合わせ、口いっぱいにほおばる。サンマのすべてを活かしきったこの深い味わいは、素材の妙。身の旨味とはらわたのほろ苦さ、そして炊き立てごはんの香りが「日本の味」をしみじみと感じさせる。“さ・より飯”は、岐阜県の山間地域に伝わる郷土料理。輸送技術が未発達だった頃、海の幸は贅沢この上なく“さ・より飯”も縁起料理とされていた。

歴史の紐を解けば!

 最も確かな図鑑もない江戸時代、同じダツ目の海水魚であるサンマと“さ・より”を間違えて呼んでいたらしい“さ・より飯”。なんとも時代を感じさせる勘違いは不思議とあたたかな気持ちにさせてくれる。

~一部文献まで~

 近年では手軽に作れる家庭料理としてすっかり一般化した。が“さ・より飯”

という呼び名はすでに忘れ去られ、今は単に「サンマごはん」などと呼ばれたりしている。しかし、それもまた、殆ど料理を手掛ける方が少なく、それを伝承されていないまま、それさえを知らない人達が多くなってしまった現在・・・

 もう、存在感がなく幻のごはんと成ってしまった様だ?

 そんな郷土料理を忘れずに郷土のご馳走を地方の味として継承して行く使命に駆り立てられる。是非とも家庭料理の醍醐味を口で覚えて後世に伝え文化伝承に繋がれば良い。

先ずは“サンマご飯=さ・より飯”を召し上がって下さい。

温かいうちに食べる。が、~美味しいから冷めてもまた美味しい~

 2021.1.22


起業(創業)を中心に相談と関係する事業諸問題でお困りの方

 新型コロナウイルスによる経済活動の縮小化、自粛の中で新しく事業を始めたい方は例年に比してやはり僅少ながら少ないのが現状です。

 可児ビジネスカフェでは事業活動を以前から計画して自分の自信ある事業にいざ、と思いやこんな社会環境となってしまった。として思い悩んでいる方、資金繰りの方法、補助金、助成金、借入金等の方法、その他あらゆる相談に対して、岐阜県よろず支援スタッフの支援、協力を得ながら運営をしています。勿論、月水金と時間の多少の違いはありますが、MGも常駐してご一緒に打開策やらを確認してご相談ごとに、何が最良か?を一緒に考えます。

 なお、可児市を中心として中小零細企業、個人の方への取組みをしています。

 ここで、令和3年元旦間近になり、まだまだコロナ禍で経済環境が厳しい中でありますが、事業意欲のお持ちの方、自分のキャリアを事業に活かしたい方など、また、事業を受け継いだが思うようにならない。などなど・・・・

 互いに厳しい環境でありますが、どうぞ遠慮なさらず、可児ビジネスカフェに「気楽に足を」お運び頂き活路を見いだせるように、各方面のスタッフと一緒に考えて見ませんか?

 令和3年是非とも皆様のご相談をお待ちしています。

 2020.12.23


今年を振り返って!           令和2年師走の微かな慶びと明かり

 今年の春先(2月頃)に新型コロナウイルスが中国武漢で発生してもう、10ヵ月ほどとなり、誰しもこの様な事態になろうと想像もしなかっただろう。社会はいつ何が起こるか進化した現代社会でも不安なご時世だ!

 人類が生まれて気が遠くなるほど歳月が経過しているにも拘わらず何とも大きな問題だろう。新型コロナウイルスの予防策としてのワクチンも各国が研究に研究を重ね、臨床試験も行われ、完全とは言えないがほぼ国の承認やら外国との製薬会社と安定した供給を受けるため、契約(覚書)などが終了したようです。

 それでも、世界中の感染拡大、第三波となり、日本でも毎日感染者の増加やら「旅行への後押しGoTo」なども見直し、制限が課せられる、早くも年末や年始の行動制限が強化されようとしている。そして、毎日、新聞の記事を見るたびに自分の近くにひしひしと迫っている様子が感じ取れる。

 そんな中で、この師走、いつもと違った生活基準に可能な限り自助努力を図り新型コロナ対策に立ち向かう必要性がある。しかしながら、本当に「経済復興と安全対策」は両立できるのだろうか?

 どんどん寒くなり暖房による密室が避けられない環境が創造されてしまう。昭和20年代から昭和30年代の生活を経験した人なら、すきま風ぐらいなら我慢できるだろう。

 やはり、何処かで一定期間の時間を止めるような社会生活でなければ解決しそうもない。特効薬やらワクチンが完成されたとしても、果たして感染力を封じ込むこと如何に出来るだろうか?

 そんなコロナ禍の中、私の恩人のご子息(T&K)がこの12月初めに結婚することになり、それも、新型コロナに配慮してようやく辿り着いた結婚式である。暗く希望が失せるようなこの時期に何とも明るい目出度い事だろうか。それでも、挙式のみで披露宴は中止にして持ち帰りの食事らしい。新郎の親族と新婦の親族が初めての顔合わせ、瞬間的なことであるが従来型の挙式と大違い、新型コロナウイルスに配慮した形である。何もかもこの一年の方向転換である。もう少し経過を見届け終息するまでは簡素化に徹し具体的な方法が見つからないままだが、手探りでの進捗を掴むしか手立てがない。

 諦めてはいけない、新型コロナウイルスに打ち勝つには社会全体で我慢し感染予防に努め、生活と経済行動、車で言うなら両輪を回しながら進行することは大変では有るが、しかし、新型コロナウイルスの撲滅にはまだまだ時間が繋ると言う前提で新生活様式に其々の工夫が必要であり、負けてはならない常軌に挑戦かも知れない。

 夢、輝かしい、新婚さんに祝辞を述べると共に、病原菌に打ち勝つ形に転換した生活習慣に努めよう。

 そんな中に於いて我が家の庭には「万両(縁起物植物)の赤実が祝福しているように実を付け、隣には吉祥草(キチジョウソウ、縁起の良い花で祝福・祝意)が咲き、その横では、藪柑子(ヤブコウジ、明日への幸福)が這いながら赤実を付け」何か自然界からの大きな祝福光景の様子だった。おめでとう おめでとう と!!

 そんな気持ちで新生活様式に努め若い方の未来に応援いたします。

幸福は二人の協調・団結の強さで山河を越えて必ずや訪れると信じている。

 新型コロナウイルスは人に宿り生きるすべしかない、人がコロナに慎重な行動すればコロナは死ぬ。勝つための行動を!終息するまで戦おうではないか。

 2020.12.4


たかが干し柿づくり、されど匠の技に邁進中

 私の干し柿づくりは、山に例えるなら技量はまだ三合目、匠の技を目指すにはとてもとても、更に自己研鑽に励み、自分の中の価値観「どうしても一個1000円で買いたい」勿論、売ることはしませんが価値の目安としての勝負です。そして、贈答品にする前提、1月1日元旦に食できる限定づくりです。また、藁は1年前の蒼稲を使用して12月21日から23日ぐらいに藁に乗せ、干し柿の赤茶色にほのかな粉(こ)を表面に残し柿の原型に柿の甘さ(糖度)を加え、姿、形を含め芸術的な作品に仕上げ、食する前に純粋に素朴な干し柿の歴史感を堪能する。 

 

 木箱は3個入りで桐箱(特別注文)に篆刻の刻印と作品の今年の思いをしたためる。

 私の干し柿づくり!それは「趣味の干し柿づくり」と題して、もう、20年間ぐらい携わっている。特に、この11月は何を差し置いても趣味優先であり、家族も呆れてもう何も言わない。また、業者に依頼して、だいたいこの時期に切り落として頂き、私自身の孤独な世界のみで創作活動に邁進。

 蜂屋柿を10月中旬にお願いして、11月中旬に「一個の重さ250gから350g」の大きさで、切り落とし後、毎年25㎏程購入して、柿を丁寧に優しく洗い、タオルで水気を取り除き、乾かす。なお、事前準備として、吊り下げ紐(35cmぐらいの長さ)で両方に輪を作り、柿が直ぐに干せる準備。柿をねかせて追熟させ、“ヘタ”が柔らかい内に“ヘタ”を内側に曲げ折り柿の中心に円を描く様に綺麗に取り除くのが先ず必要である。そして“ほぞ”の斜め木を2㎝ぐらいに整える(吊り下げ輪に入る大きさ)、本体の柿の剥き処、少し柔らかくなるまで五日前後おいて、それから手感触、人体の肌感、優しい硬さになったら、そこから柿を包丁で頭に沿って円状に剝き、後は、縦にピューラ(幅2cmから3㎝)で縦に剥き、柿の原型を残しながら自然の形に沿ってむく。ここで、一番大切な剝き方が「表面に筋模様が残らないようにケチラズむく、また、デキモノはキチント取り除く」事が必要である。ケチ削りだと完成時に姿に模様が残るので注意。

 予め、ビニールを敷いた箱を用意して、剝いたらそこに収納、用意した紐で左右に其々生柿をぶら下げ、1㎥の箱で硫黄による燻蒸を10g、15分間行い、使用方法を検証して残留農薬の管理を図り、表面が若干乾いた状況になる。大体、密閉された燻蒸室で100個ぐらいは可能で一遍に出来る。

~地方に寄っては、湯通し、アルコール消毒、樹木煙などの対応~

 そこから軒先で干す。ここで一番大切な事は、少なくとも「天気の良い日」湿気がない事が条件、万遍の日光に最初にあてる必要がある。軒に透明なナイロンをぶら下げ、日光を当て(寒暖差)と風通し、を約40日間対応する。但し、水分を嫌うため、雨天などは部屋に入れ除湿するなど手間暇をかける(毎日外、内に移動が最良)。我が子を育てるのと同様かな? 干し初めて、一周間ぐらいに干し柿を前列と後列を入れ替え干し柿に全面に日光を当て、色のムラを無くし、

 6回ほど繰り返す(干す場合は一つごと段差「前、後」とする。日照を広げる)   

 問題は、のべつ幕なしに揉むのではなく干し柿の大きさと干し上がり加減で仕上げ段階により調整する。その大きさに合わせて揉む事が必要だ。

 正月1月元旦に完成するための大きさが、程よく干し柿にするための動作です。揉むと言っても素手は手油があるので必ず軍手を数回洗った物を使い、直接に干し柿に触れる事無く作品を仕上げて行く。干し上げ3週間ぐらいから“にご”(藁の穂先を束ねた)を持って同様に擦りを施し、ほのかな粉を表面に付かせ、目指す干し柿の色合いを自然な形で表現する。

 12月23日ごろ干し柿の状態が完成に近くなった時、段ボール箱の底に藁敷きに乗せ、そこから、状況により「擦り」を其々の干し柿の仕上げに~眼と感触~で取り組み、目指す「たかが干し柿、されど匠の技」に邁進です。

 私は、いつも干し柿と会話し、家族は誰と会話しているのと最初のころは変に思っていました。が、一つ一つの作品仕上げは我が子の様に大事に扱かおうとすると、どうしても会話をしてしまい、ついつい独り言となってしまう。

 干し柿づくりは人生の得た教訓で無限に楽しみが舞い降りて来る。今年も元気で有った喜びを噛みしめている姿が、健康寿命の一幕だろうか!老いても喜び、満足感、励みが認知症予防への一番の特効薬かな!

 2020.11.18


夾竹桃は責任の証 街は地産地消で潤う

 中日新聞令和2年9月の記事、くらしの作文だったと思います。その投稿文には原爆投下された荒廃した地域に最初に咲く花として「夾竹桃」が紹介されていました。

環境汚染されても、それに打ち勝てる強い植物がその花だと?

 小さい頃に某化学会社の垣根に夾竹桃が植栽されており、あれは毒があると聞かされていました。書物で調べると確かに、植物は毒、根っこの土も一定に毒がついて注意が必要だそうです。なぜ、それが垣根に植栽されていたか、多分、化学工場から排出される煙が夾竹桃を枯らすぐらい強い反応が目視出来、注意出来る目安だったのだろうか?

 何たって、垣根は2㍍以上となり本来の垣根の役割、赤っぽい綺麗な花で外見上美しい、更に排出される環境汚染感知器の役割を果たしていたと思う。

 有名な作家のミステリー小説にも夾竹桃を使った殺人事件がドラマ化され、確か、冬の別荘で囲炉裏を囲い夾竹桃を囲炉裏で燃やし密室殺人を行う場面で有った。小説では貸別荘に計画的に誘い出して、夾竹桃の焚き木で煙を出しその吸い込んだ人を結果として殺してしまう物語であったと記憶する。

 何故、この植栽を紹介したのか、それは、企業がどれ程に内容が良好で有っても、社会に於ける責任及び使命が欠如していたら100年企業、老舗等と言われる経営とならず。企業統治、法令順守が物事の先頭にあり、其処から創めて企業の経営が始まる。その様な経営と社会行動こそが必要、求められる事と信じている。

 先程の環境汚染感知器の役割に近い(触媒装置)の企業活動は決められた企業存続活動の一環で当然ながら、今は、環境汚染(有害物質放出)の場合には一定の触媒装置によって法律に定める基準値以下が条件として企業の経営が承認されている。が、それと同様に目視による早い対応、企業努力こそ企業の根底にある使命で有った。

 どんな時代でも企業の高い倫理感は常に要諦され、其処に働く者の社会使命は全ての役職員に要求される事から、ただ単に利益追求のみが存続ではなく、あらゆる諸関係と企業運営に必要とされる届け、対応など!“正確に・素早く・期限を遵守して”

 事実を事実として広報する社会性が無ければ信頼され、愛される、企業と認められない。(歴史が語る)

 街の住民としての共存、結果「コロナ禍で厳しい折」地域で協力して地域の連携が更に必要である。地元の零細企業、商店街、個人を含めた総合的な地域循環、少しずつでも地域を守る地産地消の原点に帰るべき時では無いだろうか?

 文化を伝承し、地域発展を活力で乗り切る我が街に輝かしい未来の夢を見る。

 2020.10.26


安易な借財に動く事なかれ!心身の余裕と志が鍵

 <本日は金融にまつわるお話です> 

 随分前、電車通勤していた当時、車内の吊り下げ看板に「1万円借りて1日利息25円」と表示されていた消費者金融の広告看板を目にして、それは!少額なら借りやすく自分の目的達成のためなら良いと言う反応と、少額でも反対に無茶苦茶金利が高い、年利計算すると92%ぐらいになり思考力を失わせ、欲望を高める表示方法、手法によって安易に借りてしまう。それが元で、だるま式に利息が増え、利息のためにまた、借りてしまい月額返済が滞る延滞利息も更に高い、当時の金融事情からしても想像を絶する異常なべらぼうな金利となっていた。

 借りたら最後、当然ながら返済どころでは無くて、あらゆる方法で督促を受けて涙をながして「言うがままで返済続行、財産没収、保証人等の追加、自己破産等々」結果が見えてしまう。随分、あくどい企業が横行した社会であった。地域金融機関で働く者として金融機関に相談してそこで難しいなら何故?駄目を素直に受け入れて考えようとする判断及び家族、友人に相談して、その結果を見据えてアドバイスが得られなかったのか? 

 入口を間違え、間違えても、そこで止まり冷静に考える思考力、家族、仲間からの的確な忠告が聞けなかったか?そもそも、入口からあらゆる方向でストップする勇気がなかったか?残念である。欲望は敵なのだ!

 今は専門家に相談して回収例が幾つもあって、時効でなければお金の回収対象になるが、もう、それも少なくなって来たのかな?が現実だと思う。

 <ここで触れておきたい事が有ります>

 どの時代でもしっかりした計画と準備によって事業運営又は、消費行動に繋がっていく、それでも、成功、不成功は常に付き物、消極的な考えかも知れないが賭け事で無いからあくまでも、金銭もさることながら「心身とも余裕」でないと、最初からもう、委縮した事業運営、無用な消費行動に繋がり、身動き出来ない経済環境に陥り、その結果が創造されてしまう。

 何事も求める夢、目的達成するまで、一つ我慢が優先し、その我慢が、計画準備、自己資金としての安定蓄財を醸し出す。

 私の経験則から事業(起業)及び生活(金融)に成功する絶対条件五ケ条

①夫婦の協力、夫婦の両親(親族)の協力、家族に相談出来る環境か?

②自分の素養と志、家族が納得(認める)しているか?

③事業計画が現実的、目指す方向が長期展望で有るか?思い付きで無い事!

④真の友人又は、仲間の言葉・行動が辛めか?(信頼関係)

⑤立ち上げるその数年前が特に成功の鍵で有る!(前後5年間の姿勢と努力)

 ビジネス成功と豊かな生活基盤は強い志を持っていれば、達成可能で有る。

なぜならば殆ど収支「入と出」が太枠にあり、そこから期間内費用が分かれば収支と粗利が算出でき、計算上合致すれば「儲かるか?損が増えるか?」である。

 やはり、立上げ前の5年間は自分の姿勢・志が勝負だと思う。誰もが、その幸福は平等に繋がっている。

焦らずチャンスを待ち・掴み、努力した者は必ず報われる筈です。

 2020.9.25


仰天!こんな光景見たことない!教養は観察から!

 我が家は平屋建ての古い住宅、築40年以上である。少し簡素な庭もどきが有り、一年中では蚊が出ない、寒くない季節4月から6月中旬までが縁台で夕涼みしながら夕日の沈む景色は実に安堵を感じる。

 今年は、雨の続く日が多く、縁台で夕涼みする事が無く、この8月を迎えた。自宅前の畑は草が生え放題、8月1日土曜日草取りに専念し体も疲れ疲れで駐車場に軽トラをしまおうと 夕方7時過ぎ、家族からは食事ですよ~ との呼び声、腹は減るは、少しばかり酒は飲みたいやら、心馳せる気持ちを抑え、定位置に車両をバックさせながら、後方を見上げた瞬間、シマトネリコの樹木の先に「少し大きな羽を広げ、頭に角らしき」昆虫を発見、軽トラを止め、多分「カブトムシ」だと、直観してその樹木の中心なる木を目指して振り落とせば、捕まえられる。

 本日は孫も来ている。捕まえて、爺ちゃんの存在、鼻高となるや、必死に孫のためと思い、シマトネリコの樹木の中に入り振り落とそうした瞬間、こんな光景見たことない!

 カブトムシの大群、樹液を吸っているカブトムシ、クワガタ少し、何かを待っている様子の虫達、交尾している虫達が、まさに、葡萄がなっているかのように辺り一面、カブトムシの館であった。

 必死で捕まえてビニール袋に入れるのは難しい。虫籠をとりに行き、恐らく40匹位捕まえて、孫に見せると母親、おばちゃんも何と?驚くばかり、それでも、全部捕まえたら駄目と思い、見せたいが故に別の姪っ子にメールする。これから行きたいとの事、夕方8時過ぎに到着十数匹捕え、翌日はご近所の方、身内、と相当数、大袈裟に言うなら100匹以上は捕えた。私も家に捕まえたカブトムシ、捕え過ぎ?罪の意識が働き全部、シマトネリコの樹木にその翌日に逃がしてやった。その後、数日間は甥・姪っ子など子供が喜ぶ姿に魅せられ“またまた”捕まえてしまう。ほど 日にちが経過して初めて、来年来なくなってしまうからその位で捕えること止めようね!と言うと何か?子供達も納得した様子で有った。

 正に、コロナの影響で行くとこもない環境から、せめても家族、身内、ご近所を含め心楽しめた時間で有ったと心ながらウキウキ気分。

 今、考えるとこんな光景は初めてで、少し子供に帰った家庭学習でもあった。

 そこには、「観察する」は昆虫の生態、昆虫の動き、何より自然学習から学ぶ教養として知識は子供の時に育成され、そこに大切な生き物の摂理、原理を捉え、そういって大人に成っていくのかな。沢山の虫を捕まえる事ではなく、生態を実状から学ぶ重要さを知る。老いても知らない事が多い。しかし、少ない夏休みに子供達の学習が出来たことが次に繋がる。大きな環境からの教養の贈り物となった。

 ただ、孫達のカブトムシへの執着心、爺への感謝はカブトムシと何処かに飛んで行った この夏の出来事であった!!

 2020.8.31


レジ袋有料化に伴う功罪

 我が家の前に市町村の可燃ごみ収集場所が有り、いつも監視員がルールを守って収集日にごみ袋を出すように回収箱(網)に注意事項を掲示し懇願しているのにも拘わらず、守らない方々が非常に多い。それも又、自治会名、名前など殆ど記入されず、むしろ、前日、前々日の夜に出して、逃げるように出されるので、整理整頓の状態で無く、横向き、逆さ、中身(瓶、缶)も混入、腐った悪臭に近い汁が飛び出て夜明けには、何よりカラスの恰好の餌食なのだ! 

 ある時、若い女性の方が前日に出そうとしておられ“当日でないと駄目です”と申し上げたが、私を睨み付け、無言な仕草で、もう一つ車から取り出して更に放り投げて慌てて立ち去ってしまった。自治会名、名前は勿論かかれていない。私は見張り役ではないので車両番号は控えず、何時かその方が改悛されるのを祈るばかりであった。

 近くには公園や田畑、河川があるが、どこにも、単品のペットボトル・缶、その他ごみ及び「レジ袋にあらゆる物が詰まって一絡げ」が捨ててある。

 綺麗な街を誰しも望み、住んで良かったと思える地域環境に努力したいと思うが、其々の人生の環境やら家族、地域、学校等で教育しても、なぜか?大人になってしまうと純真な心と報徳精神を失ってしまう感じである。

 ここで、問題なのは冒頭にお伝えした方々の規則は、とにもかく所定の場所に出している。市町村のごみ袋にも入れてある。上を見れば切りがないが、レジ袋に一絡げで何処かに放り投げて行く方もまた、考えようでは、まだ考えて捨てて行く。

 考えている じゃん! なのだ。

 それが、レジ袋有料化になってしまった結果、環境汚染は一方から見れば減少と思いきや?これからは「単品ごみ捨てポイポイ」と更に多く、今までより更に散乱する可能性が高い。更に清掃にも相当な人海労力が必要と推測される。果たして人間性(報徳)が培われていない方々を真の心の変化に期待して「ポイポイごみの散乱」を防げるか?の疑問である。

 今までのレジ袋無料化の時がこんな状態で、レジ袋一絡げでごみを出す習慣が身に付いていない方々に有料化になればどうだろうか?

 俯瞰的な眼 ごみレジ袋を含めた環境はどうなっていくのか、人の心身に宿る性善説に期待することが良いのか社会で考える必要がある。決して見張り役ではありません。大人の行動を将来有る子供達が見ているからこそ、レジ袋有料化の功罪、二局面を考えながら、その先を透視してしまう。

 2020.7.20


大金鶏菊の美しさに惑わされるな!!

 可児市内で至る所に黄色丸い花びらのキク科の植物の一種で過去にはドライフラワーに利用されていたが外来種として定着し問題、現在は栽培が禁止されている。先日、花フェスタ記念公園まで散歩しながら河川沿い、記念公園東口から御嵩へ下るところ、実に、当たり一面この外来種で知ってか知らないかであるが目視可能なコロナウイルスより凄い! 宿根草で簡単に引っ張って取れる草花でなく根っこを残して根元から切れる。要するに生存力が強く、繁殖力(子孫)を残す環境と草花の性質に合わせもった何とも手ごわい相手である。

 美しさの草花に見とれ、なかなか除去しない。しかし、この手強い相手に惑わされることなく見つけたら即、根ごと取り去りその全てを処分する必要がある。花咲した時でないと区分けし難い植物、この辺りでは、気候の変化で一概に言えないが5月中旬から6月中旬までが勝負だと思う。

 この時期にそれぞれの方々が狙いすまして発見、除草、処分等、一気にしないと繁殖を抑え危険外来種の根絶に至らないと推測する。

 自然界に生育する植物も弱肉強食とまでいかないにせよ、除草剤で対応、草刈で除草、熱処理で絶やしても又、それに打ち勝つ新種草花が出てくる。要は、植物循環となり最終的に絶やすと言うより、いずれ共存型の方法しか見つけだせないのか?

 分かっているからこそ、規制外来種の根絶に先ず着手する。

 小さな事をだが、目が行き届かない在来種の生態系が崩れ、それは「植物や動物」まで至り、最終にはあらゆる自然界の方程式が徐々に崩れ、気候、食物環境、人類が僅少ながら変遷してしまう危惧である。

 何か、今の切ない時代にせめても心休まる散策から草花の咲き誇る美しさに

見て癒されるはずが? 何とも、無念だが明日の幸福(しあわせ)のためなら見とれる事無く、戦おう~と発信した時には残念ながら花咲が消え、来年の勝負だろうか!!

 2020.6.29


手間替え(労働交換)から学ぶ悲哀さ!

 いつも、5月田植えの季節になると思い出す事が一つあります。

 家族から隣の家の田植えを手伝いするから、翌日の朝早くに起こされ、家族と共に隣家の田んぼに出向いて、気合の入った挨拶からいよいよ歪な田んぼの左右端から家族と私と隣家の方々が植えはじめ いつもながら親(母親)の言う事は決まって真ん中以上に行く、いわゆる、「手伝いの交換」のため、応援の勝ち負けを競う。何が何だか見まねで覚えた浮き苗で負けんじと真ん中以上を狙っていった事をはっきり今でも覚えている。それは、一体 なんだった?「労力の手間替え」金銭が伴わない労力の互い協力であったため、恥ずかしい労力の結果を残すと隣に申し訳ないがそもそもの意図であった。

 確かに時代は変わり、農業も機械化、それでも農業後継者が無く、荒れ果てた田んぼに様変わり、むしろ耕作地と言うより雑種地となり、その農業保全策で農業法人が生まれ結局どこかに引き受けて頂く方法しかなくなってしまった今日。

 当時の時代には田舎に機械化など存在しなかった、労働力こそ必要とし、高度成長期には労働の交換に始まり隣近所の連携など、失われたしまった時代が 自棄に気になり懐かしくも感じる。

 今は、的確な生産と効率化、結果主義に見合う賃金体系と繋がっている。労働者には良き時代であるが、何より取り戻せない人と人の助け合い精神が薄れている原因だろうか? 今日は、誰かの言葉をお借りして 気合だ、気合だ!で頑張ろうと心、体、に鞭を打ち、あぜ道から水面に映る自分の姿がいかにも悲しくも見えてしまった。

 2020.5.25


可児ビジネスカフェからの便り

 この度、前任マネージャから引継いだ「三宅」です。

 いつも起床してから家の周りを散歩し、この桜満開を通り過ぎ緑濃い葉桜の季節には鶯の鳴き声に当たり前のように聞き入れ穏やかな季節を感じながら朝の日課、近くには保育施設、公立小中高が点在している。この季節ならではの真新しい制服など目に焼き付いていた「なんとも当たり前の情景」が今年は、一転して新型コロナウイルスによる感染拡大を受けて自粛である。

 自分の出来る範囲、家庭で出来る事、地域社会で出来る事を様々の角度から見直して積極的な行動(感染防止)を求められる事に自ら意識改革し地域社会の安定と将来ある子供達の安全安心な街づくりに努力する必要がある。

 やはり人々は豊かな時代に慣れ過ぎ「油断こそ難敵」を想い知る。

 日頃から危機管理意識を高め人生長く生き抜いた分、地域社会に還元出来る人としての心構えを持ち続けて行こうと考えさせられた4月の始まりであった。

 2020.4.27


相談体制の変更について

 「可児ビジネスカフェ」では、中小企業・小規模事業者や創業希望者の方を対象に売上拡大、経営改善等の悩みを気軽に相談できる窓口を開設し、経営相談業務に精通したマネージャー、コーディネーターが相談に応じておりましたが、この度、政府の全国緊急事態宣言を受け、「可児ビジネスカフェ」へのコーディネーターの派遣を5月6日(水)まで休止いたします。
 6日以降の対応につきまして、改めて報告いたします。対象者の方にはご迷惑をお掛けしますが何卒ご理解とご協力をよろしくお願いいたします。

 2020.4.18


マネージャーの独り言 第52

コロナ対策は越冬で

 コロナウィルスの感染拡大により、日本国内はもとより世界中の社会経済が大きなダメージを被っています。いつ終息するのか、心配は絶えません。

 しかし、ある学説によると、ウィルスは生きた宿主の細胞の中でしか増殖できない事から、宿主を倒す事はあり得ない。そこから必ず弱体化へ進化するそうです。

 過去の多くの記録からもそれが正しいと言われているのです。

 当地域の経済活動も大きな影響を受け、まるで真冬の到来です。

 しかし、数カ月後には終息に、「必ず春はやって来る」の言葉が多く聞かれます。

 こんな時、越冬する動物をヒントにしては如何でしょう。

 冷え切った畑(市場)へ、わざわざ蓄えた脂肪(エネルギー)を使って、勝ち目のない勝負には出掛けません。蓄えた脂肪で我慢するのです。

 「今は耐え時」と私は思います。無駄な出費は極力抑え、力を温存し、必ず来る春を待つのです。名付けて「越冬大作戦」です。

 そして、待望の春が来た時、余力の脂肪で大きく打って出るのです。

 その間の資金調達に不安がある事業者の方は、様々な助成金や融資制度が用意されていますので、お取引金融機関への早目の相談をお勧めします。

 只、審査が大変甘く容易に借りられるかも知れませんが、あくまでも借入金です。過剰な借り入れは控えましょう。

 只々、新型コロナ、早い終息を願うばかりです。

 2020.3.23


マネージャーの独り言 第51

2秒刻みの腕時計

 二十年以上前に購入した私の腕時計は、高級でもなく電波時計でもないのに大変正確で、時刻調整をしたことがありませんでした。

 但し、6~7年ほどで切れる電池の交換の際には時間合わせが必要でした。

 その愛する時計が2年ほど前に突然のダウン、原因が電池寿命ではない事から、その時計は信用を失いました。しかし、更なる1年は正確に頑張って動いてくれました。

 昨年の秋、私の誕生日のお祝として、家族から「そろそろ寿命だよ」と腕時計の買い替え援助資金を預かりました。

 その後の日々、電池交換や時刻合わせが不要なソーラー・電波時計を物色してはいますがなかなか気に入った時計が見付かりませんでした。

 そんな中での先日の事、私の時計の秒針が2秒刻みで動いている事に気が付きました。

 現実には電池が少なくなると2秒刻みで訴える機能を持つ時計があるとの事、しかし、私の時計がそんな機能を持ち合わせているとは思えません。

 買い替えの気持ちが高まる度に、時計が「まだまだ頑張っているよ!」「もう少し傍においてよ」と訴えているようで、その気持ちが削がれています。

 皆さんにはそのような大切なグッズ、ありますか?

 2020.2.28


マネージャーの独り言 第50

お店の評判はこんなところからも

 お店の評判はお客さんから広がるケースが最も多いでしょう。

 来店されたお客さんが品質や値段、接遇や雰囲気、設備などで評価をし、皆さんに広げてくれます。

 良い評判はゆっくりと狭く、悪い評判は早く大きくなる事を知っておくべきでしょう。

 さて私は以前、金融機関に勤めていました。

 ある支店では、毎日の朝礼で三大用語を唱和していました。「いらっしゃいませ、お待たせしました、ありがとございました」です。

 心のこもらない唱和、効果に疑問を持ちながらの惰性での日々でした。

 支店長を拝命されての2店舗目で、ある日、ある情報を耳にしました。

 それは近隣の年配の女性からのお話でした。

 「友達のおばちゃんが、息子の嫁にしたいくらいの娘さんが支店に勤めている」との事。

 「どの娘かな?」と尋ねると、窓口ではなく後方の全く目立たない職員でした。

 そのお褒めの源は、近くから勤務していた掃除のおばちゃんと、弁当配達の仕出し屋の大将、更に玄関マットの交換に来るパートさんでした。

 「私たちはお金を頂いている立場、それなのにあの娘さんをはじめ、皆さんが丁寧で優しく愛想よく、いつも心から感謝しています。近所の方や友達、皆でこの支店を応援しているよ!」との事でした。

 “鳥肌が立つほど“嬉しく、今でも忘れられない嬉しい評判でした。

 2020.2.5


マネージャーの独り言 第49

新年のご挨拶

 明けましておめでとうございます。

 少し遅れましたが、改めまして本年もよろしくお願い申し上げます。

 今年は十二支の中でも最初の「子」年です。

 その昔のある暮れの日に、神様から「元日に到着した順番だ!」との御触れを出したのです。ネズミは猫に1日遅れの日を伝えた為、猫は12番に入れなかったそうです。

 その事から猫はネズミを追いかけるようになったとか。

 又、足の遅い牛は一番を狙い早々と出発、そして到着したのですが、牛の背中にいたネズミはいち早く門を潜り抜け神様にご挨拶、一番に登録で二番は牛になったのです。

 神話に大国主命がネズミに助けられた話があります。神仏習合後には「大黒天」となりますが、五穀豊穣や財力の象徴である大黒天のお使いであるとされています。

 更には子供を沢山生むことから、繁栄の象徴とされており「子年は繁盛」で上げ相場に期待したい年でもあります。

 子年の方は「寝ず身」と称し、コツコツとよく働き倹約家であり貯え上手と言われます。

 又、勘が鋭く、ひらめきがあり、難を逃れる事も得意ですし、適応力にも長けているそうです。ことわざにも「ネズミは沈む船から去る」があります。

 さていよいよ、大河ドラマ「麒麟がくる」が始まります。一説には明智光秀は子年(1528年)生まれとの説あり、我が可児市が全国に名を轟かせる素晴らしい年になりそうです。

 可児ビジネスカフェもコツコツと堅実な応援をしたいものです。

 2020.1.10


小規模事業者と中小企業のためのかによろずミニセミナー&ワークショップを開催します


 少人数制のセミナーは、講師と近い距離で学べる絶好のチャンスです。

 ミニセミナー終了後はワークショップも行います。経営の学びと解決の場として、是非ご利用下さい。

 講師には30年にわたり接客・営業・販売・人材育成に携わり、19年間の管理職、12年間の飲食店、サロン経験を経て指導者となり心理学に基づいた一人一人のメンタル面に寄り添った指導に力を入れており、その優しい口調と明るい笑顔、そして実践的な指導は身近で分かりやすいと高い評価を得ている加藤由紀子コーディネーターにご講義いただきます。

■開催日時 1月24日(金)ミニセミナー  10:30~12:00【創業者向け】

              ワークショップ 13:00~16:00【創業前に準備すべきこと】

      2月7日 (金)ミニセミナー  10:30~12:00【創業者向け】

              ワークショップ 13:00~16:00【創業前に準備すべきこと】

■会場   可児市総合会館 可児ビジネスカフェ(可児市広見1-5)

■各定員  10名

 参加希望者は、セミナー開催日の前日までに下記PDFよりファイルをダウンロードしていただき裏面の申込用紙をFAXにて送信ください。お電話や、直接かに経営相談窓口にお越しいただいてのお申込みも受け付けております。

 尚、人数に達し次第、募集は終了しますのでご了承下さい。

ダウンロード
1月24日(金)ミニセミナー&ワークショップ
ミニセミナー(サロン).pdf
PDFファイル 1.5 MB
ダウンロード
2月7日(金)ミニセミナー&ワークショップ
ミニセミナー(飲食店).pdf
PDFファイル 1.3 MB