果樹園に携わる「中濃地方にりんご」実る

 以前、長野県へ旅行した折りに丁度りんごの収穫時期と重なり、りんご果樹園は緑一色に赤いリンゴの鮮やかな景色であった。広大な面積に点々とした赤玉が見事に色彩を醸し出し素朴な情景の果樹園に心打たれ、この岐阜県中濃地方でもりんごの樹が育たないか(寒暖差が大きくない場所で?)調べてみた。

 愛知県守山地区の果樹園でりんごの樹が植栽されており又、大垣地方でも果樹園を行っている所があるらしいとの事であった。勿論、岐阜県山間部の飛騨方面でも果樹園をしている所があるらしい。

 余り調査もせず、近くの園芸苗木店でりんごの樹を数本買い、畑に植栽して、もう6年になる。二年前、小さいりんごが一個なり大きくなる前に自然摘果(落下)となり残念ながらミカン程度の大きさだった。小さな初めてのりんごを4等分にして知り合いの者と試食、りんごの味は確かにした。

 昨年は4個なり一個をワイン漬けにして少々氷砂糖を加え食べやすく飲みやすくしてみた。しかし美味しいか?氷砂糖分量入れすぎにより甘さが強くやや失敗でもあった。後、3個は自然摘果(落下)もあるが敢えて取った物もある。大きさも果物店で売っている程度の物になったのも1個あった。味もそれなりに美味しかった。 

 ~それこそ自己満足と自慢のりんご(果物)であった~

 

 昨年から近くの図書館でりんごの樹の成長過程に何をすべきか、肥料を含め、消毒、りんごへの被せ、枝木の剪定まで読み諳んじてまで行かないが、何と!りんごの樹に今年4月初め花芽が付き出し、4月の中旬から5月連休ごろまで花が満開、少しでも受粉と思い朝方は虫や蝶に代わりせっせと行う。5月中旬から下旬にかけて親指ぐらいのりんごの形が出来上がった。梅干し程度になったら、りんごに袋掛けして少しでもりんごに虫がつかないように丁寧に包み、なお、消毒も実施する。8月20日ごろで手のひらサイズに近い大きさとなり毎日りんごを見るのが日課となっている。丁度、昨日は野鳥やら小動物に食われないように大き目のネットを被せ、日追う事、楽しみの毎日である。現在、数本あるりんごの樹の内1本のみりんごが50個ぐらいなっている。他のりんごの樹はすべて自然摘果(落下)となり、まだ、成長不足のりんごの樹である。勿論、50個ぐらいなっているりんごは既に15個ぐらい摘果作業終了して少しでも大きく(一般的)大きさにするために惜しみながら摘果とした。

 

 今後のスケジュールは9月中旬(秋のお彼岸ごろ)気温の差が大きくなり「ふじりんご」ならより色が付き始める。10月下旬ごろ太陽の光をいっぱい浴びて甘みが増す。なにか?東日本の方ではここから収穫は11月中旬(「蜜入り」蜜を入れた様に)で甘さの中に酸味があって深い味わいとなるようだ。

 最後にりんごをかるく水洗いして少し厚めの輪切りで食べる事が一番らしい。

 

 感触で果実を実らせているが、いまだ良く分かっていないが正直のところ。理論的に考えれば、りんごの樹は太陽の光、適度な水分(雨量)、風通し良く、寒暖差、肥料と消毒及び、こまめな手入れをして丁寧な愛情をより注ぐ事こそ素晴らしいりんご(果物)が出来る要素だろうと思う。

 

 私達が今、忘れがちな事は食料品店に行けばなんでも幾らでも買える。しかし、社会環境や異常気象等が予想を遥かに超え、非常事態がひとたび発生すればインフラが追いつかず物流に支障となり、いつもの「当たり前」がそこには無い。

 忘れてはならない、何事も経験し場合によっては失敗も成功への道筋となり、自給自足の経験として少しでも身に付けておく学習は大切な事である。

 農業経験のない方がおとぼけで、落花生が枝になっていると思っていた様にならないために取組む。苦労はかってでも若い内から携わる事が今、思えば大切であったと感じている。 ~生きるは晴耕雨読が必須かな?~

 2021.8.20


君子(若者)危うきに近寄らず

 来年4月1日から成人年齢が引き下げになり18歳から法律行為(民法上)が自分の意志で行えるため、一部を除く権利と義務は現行年齢より引き下がる。それと別に凶悪事件等が時代の流れとして少しでも抑制され、若者から大人になる自覚として若年化でも良い事だろう。

 良く考えれば明治、大正、昭和の初期までは小学校を卒業して既に働き始めた丁稚さんとしてご苦労された方も多い。社会の厳しさを肌で感じ荒波に耐えて来た人生から想像絶する隘路な人生だったと思う。

それを考えたら成人年齢の引き下げは大した問題でも無い。しかし時代が変わり、情報が幾らでも飛び交う様子から「心と技量と体」が果たして具わり養われているだろうか?

 そんな中、今後、経済上の経験がない若者に取り巻く危険な渦は常について回り、民法上のトラブルに経験則が殆どない未熟な若者が標的になる可能性が実は高い。では、義務教育ではどの様なポイントを以て社会教育等を学習に反映して行くだろうか。経済社会の経験が殆どない若者の若年層(13歳から17歳まで)の社会に潜む事案学習だけでなく、実際に出向いて社会経験を体験させ、俗に言う「里子教育(一定期間宿泊を含め外部環境に浸る)・インターンシップ」も何より大切かなと思う。それも学習と実務に取組み、交差訓練等を駆使してより社会での安全を念頭に実施する必要がある。

 

 昔、金銭が余り流通していない時代に日日の掛買いに「御通い帳(ごかよいちょう)」として月払い、盆及び暮れに支払う信用習慣が出来上がっていた。また、経済環境の発達の段階でそれに伴い掛買い、掛売りが発達してより経済活動の拡大戦略として後には手形及び小切手の経済対応(一定の約束契約と制裁処置を含め)をするようになった。

 そもそも、今の時代と違ってお金を借りるには難しく、それなりの財産・保証が無ければ融資を受けることも出来ない。そこに小さいながら「無尽講」などが発達して利息を支払う代わりに自分の必要資金が欲しい時に、先に受け取る地域・業界仲間の連携・連帯も発達した。それも、小さな対象範囲のため、そこでようやく、金融機関の大手企業対象だけでなく中小零細企業・個人を対象に金融機関の本来あるべき姿に変遷し、現在では、金融機関の融資活動が経営の基準となり一般化され、なお、そこから対象、条件が外れた方々に対し、信販会社等の仕組み社会が構築されて来た。

 ~若者に告ぐ、表面ではなく危険が潜んでいると常に疑う心~

 

◇随分前に車が買える様になった時の事、取引先の自動車販売先の社長がいつも窓口に来られ、しつこいほど車両の営業されていた事を思い出す。自分の欲望も抑えきれず、ついに押されて中古車を購入。それから数年経ってからその社長曰く、知り合い、身内等に売る事が一番儲かる。なぜかと言うと「最初は安く、次にまけといてよ!」と切望されるが、その次にくどく値下げ、サービスの要請が無いため自分により近い人の方が儲かるとの弁であった。

 

◇特にクーリング・オフ制度は消費者保護の制度のため事業目的の契約は適用外となる。若者等が多く利用しているインターネットによる取引は通信販売の範囲のためクーリング・オフ制度の適用がないのでより慎重さが要求される。甘い誘惑に乗らない、簡単に儲かる、楽が出来る事はない。

 

 物事に対してその環境を取り巻く状況の観察・洞察力を含め一旦立ち止まり良く考えた責任ある行動する事が最良であると信じている。

 究極は危険なところに足を向けない、踏み込まない、と言っても貪欲精神であって消極的ならず。 

 敢えて水溜まりに足を踏み込まない!! 好奇心無用

 成人になればなるほど「李下に冠を正さず」を思い出して見よう!!

 2021.7.30


我が家の憲章(生活信条)

 我が家のトイレには我が家の憲章(世渡りの道)生活信条を掛けている。もう随分前に義理の弟が役所勤めでお客様に頂戴したB5位の筆の書き物です。いつもながら読む事無く眼下に映るのみで余り意識しない掲示物です。こと、空気のような存在ですが、難しく考えること無く、必要に応じて読み返し自認して心のよりどころにしています。

 先ず、それをご紹介致します。

「世渡りの道」

家内仲よく  揃って勤勉        先祖をまつれ   親をおがめ

天地に感謝  社会に奉仕        人をうやまい   わが身慎め

よく働いて  施しをせよ        不平不満を言うな 愚痴を言うな

人をうらむな うらやむな        口をひかえて   腹立てず

貪欲起せば  大怪我の元        親切正直     成功のもと

 そして、最後に筆書き(揮毫)で創作者の篆刻印が押されています。

  (長く) (大きく)                                                  (横)

 気 人       己(小さく)    腹  

    

  (丸く)                     (長く)

 

 心           口(小さく)    命           

 

 何処の方が考えられたのか分かりませんが、恐らく何処かのところから引用して創作者の思いを込められていると思います。

 なぜ、本日はこの事を紹介したかです。

 

 私の職場「可児ビジネスカフェ」の入り口横の西側に可児市民憲章が大きな縁取りされたものに憲章が掲示されており、読めば何処か?通ずるところがあって何時も月初めには時間の許す限り読み返して可児市勤労者としての自己研鑽しているところです。

 <可児市民憲章 昭和57年制定> HPでも紹介してあります

 

前文 ゆたかな自然にはぐくまれ 多くの文化遺産をとどめる 古い歴史のまち可児はいま 新しいいぶききにみちて 大きく伸びようとしています。

 わたくしたちは 可児の市民であることに 誇りと責任をもちさらに住みよく さらにゆたかにするため 願いをこめて この市民憲章を定めます。

 わたくしたちは この市民憲章をつねに生活のよりどころとして 心をあわせ 力あわせて進みましょう。

 

・たがいに信じあい 助けあい あたたかい心のつながりをもちましょう~略

・めぐまれた自然を愛し 太陽と緑の美しいまちをつくりましょう~略

・健康なからだをつくり 楽しくはたらき ゆたかなくらしをきずきましょう~略

・教養をたかめ ふるさとのゆかしさを生かし かおり高い文化の花を さかせましょう~略

・よろこびと希望にみちた家庭をつくり 若い力をそだてましょう~略

 

 など、実に私達はどこか信念・信条に頼るような言葉、生き方を支えとして、苦境を乗り越え様々な状況から自分の家族、勤め先、地域に惜しみなく心の絆、誇りとして努力する事が生かされている宿命ではないかと思います。

 人から人への伝承を含め社会が永遠に「幸福(しやわせ)」を掴むことに、たまには思い出し心静かに貢献出来たら良いと思う。立派な人柄でなくても思いやり等が永続出来る信念・信条を持ち自分の心の支えに出来たら良い。

 ふっと考えると・・・・

 金融機関に永年勤めた際に経営理念 / 地元と共存共栄が柱となり「地元と共にあり、共に栄える」が経営者の言葉として、其れを信念・信条に出来た事が今、一番のしやわせ(幸福)に繋がった事だろうと思う。

 どうか、市民憲章読まれていない方、一度は読んでみて下さい。必ずや人が生きていくために必要な響き、「~つねに生活のよりどころとして 心をあわせて 力あわせて進みましょう~」支えとして頑張りたいと思います。

 随分前の会社員時代には、当時の経営者の心髄な言葉として「努力のないところにしやわせ(幸福)がない」を思い出します。自ら運命を引寄せる信条のありがたさを知った事です!

 2021.6.30


休眠(睡眠)預金の仕組みを知る              ~中間を経ず自ら社会へ~

 10年間出し入れがない預金は従来「睡眠預金」と呼ばれ、金融機関の収益(その他雑益処理)とされていた。しかし、実務編は、お客様から通帳、証書等と届印があれば、かつ、ご本人確認書類が揃っていれば民間金融機関は損失(その他雑損処理)としてお客様に払い戻す。要するに法律行為(援用)を実施する事なく、一定の条件が揃えばお金を払い戻す対応としていた。

 郵便貯金は別物扱いとして「一部の定期性貯金は満期日の翌日から20年2ヵ月間、払い戻しがないと時効が成立」預けたお金は最悪!・・・自分の手に出来ない。

 この状態を回避するためには、一つ、お届け住所から転居した場合に必ず変更をする。例えば、通帳、証書等は家族に解る様になるべく一カ所に置くとか?万一ご本人が判断出来かねる状況になった場合には、速やかに継承される方への対応とか。  

場合によっては相続対応の手続きを行うとか?少額だから「まあいいや!」となら無いように確実に預けた物は必ず受け取る。と言った気概を持つ事が大切だと思う。・・・一円を笑う者は一円で泣く・・・“思い出されましたか?”

 

 ここで、世界的な情勢から日本でも法案(休眠預金等活用法)が2016年に成立し2018年に施行された。なので、2009年1月以降から10年間入出金が無い預金は休眠預金となり預金保険機構に移される。そこから指定活用団体(政府の申請・認可及び監督されている)ところから次に、資金分配団体(資金及び人材等の支援)に!そこから実行団体(NPO法人等)を通して社会に支援する仕組みとなっている。

 

 当然ながら社会に還元できる仕組みとしているが、その中間には事務方・裁量している人材等の経費は別途必要となり、社会の隅々まで預金保険機構に移行した金額を平等に支援するためには、一定のスキームが基準となる。しかし、その実施・実効に携わる方々に先ず進むため、本来、提供すべき支援額が一部消滅する。

 勿論、元を正せば誰かのお金で管理不足と言わないが権利のある方から直接に自らの手で支援すれば、もっと社会貢献が出来ると思う。

 因みに、郵便貯金は2007年10月1日郵政民営化となり、その前に取引した定期性郵便貯金は旧郵便貯金法の対象となり満期後、20年2ヵ月経過していると払い戻しを受ける事が出来ない。

 なお、2007年9月30日時点で通常の郵便貯金も旧法の規定に基づき払い戻しを受ける事が出来ない。(出入り動きが無かった場合)

 問題は民営化になる前の時効が、まだ一定期間存在していて、「援用・・・自己の利益のために、ある事実を提示して、主張すること」がなされるため注意が必要である。その点、民間金融機関は法律行為によって主張しないので基本的には時効は成立していないから、ご本人の確認書類、通帳・証書等・お届け印、があれば少し時間がかかるが、払い戻しの対象になる。どうせ、金融機関で休眠預金になり社会に貢献する仕組みなら、自らの預金資産を管理して自ら社会に貢献する事の方がより具体的に支援しようとする金額が減額されずに自らの意向、意志を以て社会に直接貢献できる。

 

 今こそ、自分の管理すべき預金・預貯金を調査して社会に自分の意志でご自分の手で、実効性の高い方法で臨む事が一番良い事だろう!

 今後は、民営化となった郵便局も一定期間経過していれば、旧法に基づく時効条件があるものの民営化になった後の預貯金は基本的には払い戻す事が出来るようだ。

 

 休眠預金にしない方法 ①1万円以上の残高 ②案内届く(都度変更して住所は常に最新とする) ③10年の内に一度は意識して動かす(満期を有する扱いは書替含む) ④少額残高の通帳等はなるべく通帳を集約する ⑤決して「まあいいや」とならない様に管理々です。

 ~びっくりですね~

 少額通帳・証書等(休眠預金額)全国の該当総額は数百億円と言う?

 2021.5.28


遠い時代 友に感謝 「金の卵」の運命や!

 昨年4月に着任いたしました新天地(可児ビジネスカフェ)、そこで引継ぎを受けながら、心新たに着任したところで名刺をお会いした方々に渡し ご挨拶申し上げました。たまたま、その日にお見えにならない、女性でしたが、私、この名前知っているとの事、全く知らない女性でしたが どうも学生時代の同級生、え~、全く記憶になく、その方は私を幽かに記憶に残しておられ、大変に申し訳ない気持ちで家に戻り、早速アルバムを開いて彼女の確認、なんと、50年以上も経った事と言え彼女には記憶があった。のに、・・・私には全く記憶になかった・・・ 

 

 頭の出来と言えばそれっきりだが、何故かと考えると、私は特に異性に対して余り心開かなかった小心者、自分の若かりし頃の姿がよぎる。振り返れば独特な自分の青春時代の想い、背景(戦後)、労働力を補う社会により集団就職(就職列車)そして団塊時代の労働力不足を補う代名詞(金の卵)環境等々、現実を余り熟知していない者であって、故に・・・大きな人生設計を持っていた少し変わり者であったと記憶する。             

 

 彼女の容姿は歳月かけて若干老けたことも重なり気が付かなかったのか、何より自分の心意気が極端に下がってしまった新天地の始まりであった。 

 

 しかし、裏を返せば50年以上も経っても幽かに覚えていてくれた事にほんとうにありがとう。刎頸(ふんけい)の友とまで言わないが、感謝 感謝の気持である。

 アルバムの容姿から徐々に記憶が蘇り、もう、50年以上前にあの場所で学んだ風景、様子がほんの少し想い出され恥ずかしくも感じてしまった。緊張していたはずだったが心身ともになぜか?軽やかな気分になった事を思い出す。

 

 ~その時代~

 言われたら直ぐに動く「返事はハイのみ」素早い行動こそ働きの始まり~「丁稚さんの時代」~から~「金の卵の時代」~に突入!

   

 その時代に想いを寄せた人生設計は如何に! 確かに働き詰めだった自分に少しは休息でもと思うが、家内は、貴方が働きを辞めて足が止まったら今より、更に老けるよ?の優しい言葉が駄目押しに返って来る。

 

 「金の卵」の運命、働きが生涯、それによって健康寿命を少しでも延ばして、若者に負担させないような老後・医療を迎えたいものである。と思いながらも夕日の沈むころになると、何か魔物に取りつかれ しみじみ、もうちょい呑む悲しき「金の卵」なり。

 

 最後に紹介します

 井沢 八郎の「あ~上野駅」1964年東北地方からの集団就職の愛唱歌として歴史に残る名曲です。いつもこの歌を聴くたびに、家族や地元の知り合い等、若かりし頃の思い出が蘇って来ます。何十年ぶりかに友人に会えたことに思い出された。私は家族の援助により就職列車に乗らず就学となった。しかしながら就労環境の変化は、その後、日本社会の大きな基礎になったと思う。

 

♪ どこかに故郷の   香をのせて

  入る 列車の    なつかしさ

  上野は俺らの    心の駅だ

  くじけちゃならない 人生が

  あの日 ここから  始まった  ♪  

 

 それぞれ出発点こそ違うが「歌は世につれ 世は歌につれ」を想い出し、コロナ禍の時代に明るい灯を見つけたいものです。

 今は心の中で ♪ 歌は我慢しよう!

 2021.4.26


佐藤一斎「重職心得箇条」の教え、今に通ずる!

 今回は、経営者(重責者)の心構えとして江戸後期の儒学者、出身地の岩村藩に提供したとして現代に通用する教えがあります。

 

 百歳学入門「少(しよう)にして学べば、則ち(すなわち)壮(そう)にして為(な)すこと有り。壮(そう)にして、学べば、則ち老いて衰えず。老(お)いて学べば、則ち死して朽ちず」

 内容は「学びつづけること」が心も身体も健康にする。「学ぶ人」は老いても衰えない。

 一斎の代名詞として六十歳すぎてからの「言志四緑」が有名である。

 

 本日は、「重職心得箇条」を紹介し、どんな企業でも、起業される方でも経営者(重職)の教えを参考にして、なお、その重職と重責を重んじれば必ずや成功に繋がると信じています。

 ・・・・時代関係なく経営者となる大きな心得ではないだろうか・・・・

 一条  重職(上に立つ者)は名を正せ 重にして大であれ

     (重職は、それにふさわしい威厳が必要である)

 二条  公平であれ 人を育てよ

     (重職は、自分の好みでない部下をこそ尊重して使え)

 三条  家法は生かせ 因習を改めよ

     (重職は、時に応じて、改めるべきことを改めよ)

 四条  先例にとらわれるな

     (重職は、前例や規則にとらわれてはいけない)

 五条  前兆を察し時期を失うな

     (重職は、チャンスを逃がしてはならない)

 六条  大局に立ち公平であれ

     (重職は、渦中に飲み込まれてはならない)

 七条  権力を監用するな

     (重職は、無理強いや押し付けをしてはならない)

 八条  多忙と言うな 心身に余裕を持て

     (重職は、忙しいと言ってはならない)

 九条  賞罰は部下に任せるな

     (重職は、託された重大な権限は自ら執行せよ)

 十条  見通しを立てよ

     (重職は、目先の事にとらわれてはならない)

 十一条 寛容な心と広い度量を持て

     (重職は、広く大きな心を持て)

 十二条 信念は持て 意見は聞け

     (重職は、他人の意見にも謙虚に耳を傾けよ)

 十三条 調整は信と義で行え

     (重職は、部下同士の調和に心を配れ)

 十四条 まごころからの政事を行え 事務は簡素化せよ

     (重職は、仕事に手をかけすぎてはいけない)

 十五条 悪い風習は上から起こる

     (重職は、表裏があってはならない)

 十六条 むやみに隠すな

     (重職は、公開すべき情報は公開せよ)

 十七条 人心を一新し夢を与えよ

     (重職は、部下の気持ちを明るく保たなければならない)

          

 ~究極は経営者の企業環境づくりと人材育成、魅力ある事業創造~

 2021.3.26


可児川に想いを抱く”川遊び、はしゃぐ子どもの声”

 可児市中心を流れる可児川(岐阜県・一級河川)は御嵩町鬼岩の頂上にある松野湖を源流として御嵩町から可児市内を通り、可児市土田で木曽川と合流している。河川の長さは23.9Kmだそうです。

 可児川の流れには各市町村からの幾つもの支流が注いでいる。普段は流れも小さく、水量は少ない。それが、ここ近年のゲリラ豪雨やら線状降水帯が重なった時には相当な水量となり、数年前には河川を覆うように激流、実に恐ろしい場面が脳裏に焼き付いている。河川流域の流れを散らす、防ぐ役割としているコンクリの塊。流域のテトラポットもいとも簡単に動かしてしまう爆発的な恐ろしい力である。

 

 河川流域の安全を確保するに、最近では災害の猛威を回避するために河底の堆積整備、護岸周辺の草木の伐採整備等により水量の安全容量の確保に行政が懸命に頑張っている。しかし、調査対応しつつも、それによって反面では河川流域の環境が崩れ、生き物(スナクジ・ドジョウ・カワヨシノボリ・カワニナ等)、河底にある小石、護岸あたりの植物(ヨシ・マコモ)が絶え河川周辺には「がまと」がなくなり生き物の潜む場所が殆どなくなってしまった。なのに、外来種の生き物は何故か?増え続け生き残っている、不思議な話しだ!

 環境変化に伴い、より安全を目指せば自然は当然ながら追いやられる。安全優先なら昔の自然は無くす。子どもに可児川の良さを教えるなら安全優先しか出来ない。 ~やむを得ず~

 

 私が現在の駅前から可児市中心当たりに六十年前に良く連れられて叔母の家に遊びに来ていた時には水量も少なく河川の汚れはさほどなかったと感じている。それから何十年も経過して可児川は田植え時期になると少し水質が赤茶色に染まる。農業用受水によって堰止めによる「よどみ」が散見され、可児市では流れに沿う形なのか?よどみが少なく若干に河川の水質が綺麗に感じる。

 そして、河川流域の市町村の下水普及率は細かく管理されており、まだまだ、完璧とは言えないが当時と比べると相当改善しただろう。しかし、それ以上に戸数が増えて、かつ、釣り人の撒き餌、人のモラル低下により河川の水質はどちらかというと汚れが目立つのかな?

 

 誰もが、この河川の水質が浄化され美しい清流となり釣りを楽しむ、散歩を楽しむ、健康維持を含めて川のせせらぎを見ながら、聴きながら憩いの場所になる事を願っている。

 ~川を中心に故郷への郷愁、変な話だが難しい事だろうか!~

 

 実際は、漁協関係者の方々のご努力で可児川流域の清掃、松野湖当たりの清掃に励み、また、各市町村のボランティア活動として定期的な活動で清掃活動を実施している。お陰で可児川への放流は、令和2年度では「ワカサギの卵、うなぎの稚魚、ヘラブナ成魚・稚魚、ますの稚魚」を放流して可児川をこよなく愛する人達に提供し続けている。

 

 それでも、心ない方のごみ放置・廃棄等により河川流域の淵などには雑草にナイロンなど付着し、景観など見るに悲しい。

 

 また、河鵜の繁殖が目立つ、漁協のお力で放流しても鵜の餌となり、小さな小魚は水鳥の餌になり大きな鯉のみが生き残っている感じもする。

 

 昔を想い、将来はしゃぐ声が聴ける可児川で、声を上げ子どもや大人が遊べる河川になるための更なる努力が必要であり、子どもが川遊びから学ぶ観察、教育、そして小さな思い出を創り、より愛する、ふるさとの環境を整える事に貢献できるように自身、頑張りたいと思う。他の地域では子ども向けの学習館が作られていて親子学習しているところもあるそうだ。

 

 そんな可児川を私達の心に刻み、何かにつけ郷土の思いでとしてあらゆる境遇に出てくる愛しき清流「可児川」を希望としたい。

 多くの方々の力(共感・支援・協力)で一層の出来る努力で心に残る美しき可児川を求めていきましょう!

<出来る事5の行動>

① ごみを捨てない、ごみを拾い持ち帰り処分する(可児川見守り隊の編成)

② 地域、職場などによる定期的清掃活動の実施(社会貢献活動の啓蒙)

③ 釣り人は鑑札申請、撒き餌など水質汚染を避けた楽しみ方に(放流増)

  外来種の植物、魚類、生き物の駆除(特に生き物は心痛む!)

  タニシ、カワニナ等の生息環境の整備(水質、安全重視の生息環境整備)

  水鳥の中でも特に「河鵜」の繁殖を抑える研究と対応

④ 下水普及率(限りなく100%に近く、行政の計画的推進に協力)

⑤ 子ども達に可児川での実習(社会教育として小学生を対象に実施)

  河川の野外学習(河川の危険を知る、生き物、植物を観る、触れる実感)

  故郷を愛し、誇りを持てる街(河川敷の有効活用)など・・・

 2021.2.28


自慢できる郷土料理「サンマごはん」美味しさの継承

 日本五大飯の一つ“サンマごはん=さ・より飯”岐阜県発祥らしい!

 私の知り合いで奥がましいが大の友人で料理人、若い時に寿司屋で見習いをされ、友人は生まれつき、努力家で負けず嫌いの「根性と性格」で料理の基本とお客さまを喜ばす(満足度高い)を学び今日に至っている。あらゆる料理に挑戦して来られた努力の人です。元々、実家は食堂をされており、今も記憶に残る、皿だし一品々そろえてガラスの戸棚に入っていて自分の好みのおかずを選んで食事する。安くてその日の食に対するお客様の希望をいち早く捉え、かつ、庶民の金銭感覚とお客様の好みに合った家庭的な食堂、ほんとうに懐かしい限りである。 

  

 その方に郷土料理“サンマごはん=さ・より飯”をお願いして炊き上げていただき、昨年の初秋に懐かしき“サンマごはん=さ・より飯”を久々にいただきました。育ち盛りのころ、母親がサンマごはんを竈で炊いて、サンマの中骨付き、ブツ切りで炊き上げた“サンマごはん=さ・より飯”懐かしく、例えようのない美味しくご馳走なご飯であった。

 今、母親が元気なら再現可能かも知れないが現実には施設で高齢の病となった今、語るに及ばずにある。

 

 山が育ちの者が海の物を口にすることが出来ない環境で有った当時、“サンマごはん=さ・より飯”の由来と料理の方法をその友人から聞き、炊き込み方(レシピ)を教わりました。以前、日本五大飯の内の美味しいご飯として紹介された事があったとの事。郷土料理の美味しさ知っているからこそ継承して行く必要が感じられ、ここでご紹介する事にします。

 

~日本五大飯文献の一部から~

 秋口に、行商人が“さより”を持ってやってくると、必ず一回は“さ・より飯”を食べる。秋のお日待ちなどにつくることが多いとの事。

米一升に対し、生の“さより”を中ぐらいのもので二、三匹(脂がのっている)入れる。“さより” は塩をふってしめてから頭とはらわたをとり除き、五分くらいの筒切りにする。

 これを、二、三回水をかえて洗い、水気を切っておく。米が炊き上がる寸前に、 “さより”と塩を入れる。塩は米一升にさかずき半分でよいらしい。麦飯の“さ・より飯”にすることもある。出来上がったら、くさみをとるため、生しょうがのせん切り(新生姜)か、ネギのみじん切りを散らす。

・・なぜ、サンマなのに・・

 “さ・より飯”生のサンマを丸ごと炊き込む豪快料理。蓋を開ければ、ごはんを台座に鎮座するサンマの姿。さっそく身もはらわたも一緒ごとに混ぜ合わせ、口いっぱいにほおばる。サンマのすべてを活かしきったこの深い味わいは、素材の妙。身の旨味とはらわたのほろ苦さ、そして炊き立てごはんの香りが「日本の味」をしみじみと感じさせる。“さ・より飯”は、岐阜県の山間地域に伝わる郷土料理。輸送技術が未発達だった頃、海の幸は贅沢この上なく“さ・より飯”も縁起料理とされていた。

 

 

歴史の紐を解けば!

 最も確かな図鑑もない江戸時代、同じダツ目の海水魚であるサンマと“さ・より”を間違えて呼んでいたらしい“さ・より飯”。なんとも時代を感じさせる勘違いは不思議とあたたかな気持ちにさせてくれる。

~一部文献まで~

 

 近年では手軽に作れる家庭料理としてすっかり一般化した。が“さ・より飯”

という呼び名はすでに忘れ去られ、今は単に「サンマごはん」などと呼ばれたりしている。しかし、それもまた、殆ど料理を手掛ける方が少なく、それを伝承されていないまま、それさえを知らない人達が多くなってしまった現在・・・

 もう、存在感がなく幻のごはんと成ってしまった様だ?

 

 そんな郷土料理を忘れずに郷土のご馳走を地方の味として継承して行く使命に駆り立てられる。是非とも家庭料理の醍醐味を口で覚えて後世に伝え文化伝承に繋がれば良い。

先ずは“サンマご飯=さ・より飯”を召し上がって下さい。

温かいうちに食べる。が、~美味しいから冷めてもまた美味しい~

 2021.1.22


起業(創業)を中心に相談と関係する事業諸問題でお困りの方

 新型コロナウイルスによる経済活動の縮小化、自粛の中で新しく事業を始めたい方は例年に比してやはり僅少ながら少ないのが現状です。

 可児ビジネスカフェでは事業活動を以前から計画して自分の自信ある事業にいざ、と思いやこんな社会環境となってしまった。として思い悩んでいる方、資金繰りの方法、補助金、助成金、借入金等の方法、その他あらゆる相談に対して、岐阜県よろず支援スタッフの支援、協力を得ながら運営をしています。勿論、月水金と時間の多少の違いはありますが、MGも常駐してご一緒に打開策やらを確認してご相談ごとに、何が最良か?を一緒に考えます。

 なお、可児市を中心として中小零細企業、個人の方への取組みをしています。

 ここで、令和3年元旦間近になり、まだまだコロナ禍で経済環境が厳しい中でありますが、事業意欲のお持ちの方、自分のキャリアを事業に活かしたい方など、また、事業を受け継いだが思うようにならない。などなど・・・・

 互いに厳しい環境でありますが、どうぞ遠慮なさらず、可児ビジネスカフェに「気楽に足を」お運び頂き活路を見いだせるように、各方面のスタッフと一緒に考えて見ませんか?

 令和3年是非とも皆様のご相談をお待ちしています。

 2020.12.23


今年を振り返って!           令和2年師走の微かな慶びと明かり

 今年の春先(2月頃)に新型コロナウイルスが中国武漢で発生してもう、10ヵ月ほどとなり、誰しもこの様な事態になろうと想像もしなかっただろう。社会はいつ何が起こるか進化した現代社会でも不安なご時世だ!

 人類が生まれて気が遠くなるほど歳月が経過しているにも拘わらず何とも大きな問題だろう。新型コロナウイルスの予防策としてのワクチンも各国が研究に研究を重ね、臨床試験も行われ、完全とは言えないがほぼ国の承認やら外国との製薬会社と安定した供給を受けるため、契約(覚書)などが終了したようです。

 それでも、世界中の感染拡大、第三波となり、日本でも毎日感染者の増加やら「旅行への後押しGoTo」なども見直し、制限が課せられる、早くも年末や年始の行動制限が強化されようとしている。そして、毎日、新聞の記事を見るたびに自分の近くにひしひしと迫っている様子が感じ取れる。

 そんな中で、この師走、いつもと違った生活基準に可能な限り自助努力を図り新型コロナ対策に立ち向かう必要性がある。しかしながら、本当に「経済復興と安全対策」は両立できるのだろうか?

 どんどん寒くなり暖房による密室が避けられない環境が創造されてしまう。昭和20年代から昭和30年代の生活を経験した人なら、すきま風ぐらいなら我慢できるだろう。

 やはり、何処かで一定期間の時間を止めるような社会生活でなければ解決しそうもない。特効薬やらワクチンが完成されたとしても、果たして感染力を封じ込むこと如何に出来るだろうか?

 そんなコロナ禍の中、私の恩人のご子息(T&K)がこの12月初めに結婚することになり、それも、新型コロナに配慮してようやく辿り着いた結婚式である。暗く希望が失せるようなこの時期に何とも明るい目出度い事だろうか。それでも、挙式のみで披露宴は中止にして持ち帰りの食事らしい。新郎の親族と新婦の親族が初めての顔合わせ、瞬間的なことであるが従来型の挙式と大違い、新型コロナウイルスに配慮した形である。何もかもこの一年の方向転換である。もう少し経過を見届け終息するまでは簡素化に徹し具体的な方法が見つからないままだが、手探りでの進捗を掴むしか手立てがない。

 諦めてはいけない、新型コロナウイルスに打ち勝つには社会全体で我慢し感染予防に努め、生活と経済行動、車で言うなら両輪を回しながら進行することは大変では有るが、しかし、新型コロナウイルスの撲滅にはまだまだ時間が繋ると言う前提で新生活様式に其々の工夫が必要であり、負けてはならない常軌に挑戦かも知れない。

 夢、輝かしい、新婚さんに祝辞を述べると共に、病原菌に打ち勝つ形に転換した生活習慣に努めよう。

 そんな中に於いて我が家の庭には「万両(縁起物植物)の赤実が祝福しているように実を付け、隣には吉祥草(キチジョウソウ、縁起の良い花で祝福・祝意)が咲き、その横では、藪柑子(ヤブコウジ、明日への幸福)が這いながら赤実を付け」何か自然界からの大きな祝福光景の様子だった。おめでとう おめでとう と!!

 そんな気持ちで新生活様式に努め若い方の未来に応援いたします。

幸福は二人の協調・団結の強さで山河を越えて必ずや訪れると信じている。

 新型コロナウイルスは人に宿り生きるすべしかない、人がコロナに慎重な行動すればコロナは死ぬ。勝つための行動を!終息するまで戦おうではないか。

 2020.12.4


たかが干し柿づくり、されど匠の技に邁進中

 私の干し柿づくりは、山に例えるなら技量はまだ三合目、匠の技を目指すにはとてもとても、更に自己研鑽に励み、自分の中の価値観「どうしても一個1000円で買いたい」勿論、売ることはしませんが価値の目安としての勝負です。そして、贈答品にする前提、1月1日元旦に食できる限定づくりです。また、藁は1年前の蒼稲を使用して12月21日から23日ぐらいに藁に乗せ、干し柿の赤茶色にほのかな粉(こ)を表面に残し柿の原型に柿の甘さ(糖度)を加え、姿、形を含め芸術的な作品に仕上げ、食する前に純粋に素朴な干し柿の歴史感を堪能する。 

 

 木箱は3個入りで桐箱(特別注文)に篆刻の刻印と作品の今年の思いをしたためる。

 私の干し柿づくり!それは「趣味の干し柿づくり」と題して、もう、20年間ぐらい携わっている。特に、この11月は何を差し置いても趣味優先であり、家族も呆れてもう何も言わない。また、業者に依頼して、だいたいこの時期に切り落として頂き、私自身の孤独な世界のみで創作活動に邁進。

 

 蜂屋柿を10月中旬にお願いして、11月中旬に「一個の重さ250gから350g」の大きさで、切り落とし後、毎年25㎏程購入して、柿を丁寧に優しく洗い、タオルで水気を取り除き、乾かす。なお、事前準備として、吊り下げ紐(35cmぐらいの長さ)で両方に輪を作り、柿が直ぐに干せる準備。柿をねかせて追熟させ、“ヘタ”が柔らかい内に“ヘタ”を内側に曲げ折り柿の中心に円を描く様に綺麗に取り除くのが先ず必要である。そして“ほぞ”の斜め木を2㎝ぐらいに整える(吊り下げ輪に入る大きさ)、本体の柿の剥き処、少し柔らかくなるまで五日前後おいて、それから手感触、人体の肌感、優しい硬さになったら、そこから柿を包丁で頭に沿って円状に剝き、後は、縦にピューラ(幅2cmから3㎝)で縦に剥き、柿の原型を残しながら自然の形に沿ってむく。ここで、一番大切な剝き方が「表面に筋模様が残らないようにケチラズむく、また、デキモノはキチント取り除く」事が必要である。ケチ削りだと完成時に姿に模様が残るので注意。

 

 予め、ビニールを敷いた箱を用意して、剝いたらそこに収納、用意した紐で左右に其々生柿をぶら下げ、1㎥の箱で硫黄による燻蒸を10g、15分間行い、使用方法を検証して残留農薬の管理を図り、表面が若干乾いた状況になる。大体、密閉された燻蒸室で100個ぐらいは可能で一遍に出来る。

~地方に寄っては、湯通し、アルコール消毒、樹木煙などの対応~

 

 そこから軒先で干す。ここで一番大切な事は、少なくとも「天気の良い日」湿気がない事が条件、万遍の日光に最初にあてる必要がある。軒に透明なナイロンをぶら下げ、日光を当て(寒暖差)と風通し、を約40日間対応する。但し、水分を嫌うため、雨天などは部屋に入れ除湿するなど手間暇をかける(毎日外、内に移動が最良)。我が子を育てるのと同様かな? 干し初めて、一周間ぐらいに干し柿を前列と後列を入れ替え干し柿に全面に日光を当て、色のムラを無くし、

 

 

 6回ほど繰り返す(干す場合は一つごと段差「前、後」とする。日照を広げる)   

 

 問題は、のべつ幕なしに揉むのではなく干し柿の大きさと干し上がり加減で仕上げ段階により調整する。その大きさに合わせて揉む事が必要だ。

 

 正月1月元旦に完成するための大きさが、程よく干し柿にするための動作です。揉むと言っても素手は手油があるので必ず軍手を数回洗った物を使い、直接に干し柿に触れる事無く作品を仕上げて行く。干し上げ3週間ぐらいから“にご”(藁の穂先を束ねた)を持って同様に擦りを施し、ほのかな粉を表面に付かせ、目指す干し柿の色合いを自然な形で表現する。

 

 12月23日ごろ干し柿の状態が完成に近くなった時、段ボール箱の底に藁敷きに乗せ、そこから、状況により「擦り」を其々の干し柿の仕上げに~眼と感触~で取り組み、目指す「たかが干し柿、されど匠の技」に邁進です。

 

 私は、いつも干し柿と会話し、家族は誰と会話しているのと最初のころは変に思っていました。が、一つ一つの作品仕上げは我が子の様に大事に扱かおうとすると、どうしても会話をしてしまい、ついつい独り言となってしまう。

 

 干し柿づくりは人生の得た教訓で無限に楽しみが舞い降りて来る。今年も元気で有った喜びを噛みしめている姿が、健康寿命の一幕だろうか!老いても喜び、満足感、励みが認知症予防への一番の特効薬かな!

 2020.11.18


夾竹桃は責任の証 街は地産地消で潤う

 中日新聞令和2年9月の記事、くらしの作文だったと思います。その投稿文には原爆投下された荒廃した地域に最初に咲く花として「夾竹桃」が紹介されていました。

環境汚染されても、それに打ち勝てる強い植物がその花だと?

 

 小さい頃に某化学会社の垣根に夾竹桃が植栽されており、あれは毒があると聞かされていました。書物で調べると確かに、植物は毒、根っこの土も一定に毒がついて注意が必要だそうです。なぜ、それが垣根に植栽されていたか、多分、化学工場から排出される煙が夾竹桃を枯らすぐらい強い反応が目視出来、注意出来る目安だったのだろうか?

 

 何たって、垣根は2㍍以上となり本来の垣根の役割、赤っぽい綺麗な花で外見上美しい、更に排出される環境汚染感知器の役割を果たしていたと思う。

 

 有名な作家のミステリー小説にも夾竹桃を使った殺人事件がドラマ化され、確か、冬の別荘で囲炉裏を囲い夾竹桃を囲炉裏で燃やし密室殺人を行う場面で有った。小説では貸別荘に計画的に誘い出して、夾竹桃の焚き木で煙を出しその吸い込んだ人を結果として殺してしまう物語であったと記憶する。

 

 何故、この植栽を紹介したのか、それは、企業がどれ程に内容が良好で有っても、社会に於ける責任及び使命が欠如していたら100年企業、老舗等と言われる経営とならず。企業統治、法令順守が物事の先頭にあり、其処から創めて企業の経営が始まる。その様な経営と社会行動こそが必要、求められる事と信じている。

 

 先程の環境汚染感知器の役割に近い(触媒装置)の企業活動は決められた企業存続活動の一環で当然ながら、今は、環境汚染(有害物質放出)の場合には一定の触媒装置によって法律に定める基準値以下が条件として企業の経営が承認されている。が、それと同様に目視による早い対応、企業努力こそ企業の根底にある使命で有った。

 

 どんな時代でも企業の高い倫理感は常に要諦され、其処に働く者の社会使命は全ての役職員に要求される事から、ただ単に利益追求のみが存続ではなく、あらゆる諸関係と企業運営に必要とされる届け、対応など!“正確に・素早く・期限を遵守して”

 事実を事実として広報する社会性が無ければ信頼され、愛される、企業と認められない。(歴史が語る)

 

 街の住民としての共存、結果「コロナ禍で厳しい折」地域で協力して地域の連携が更に必要である。地元の零細企業、商店街、個人を含めた総合的な地域循環、少しずつでも地域を守る地産地消の原点に帰るべき時では無いだろうか?

 文化を伝承し、地域発展を活力で乗り切る我が街に輝かしい未来の夢を見る。

 2020.10.26


安易な借財に動く事なかれ!心身の余裕と志が鍵

 <本日は金融にまつわるお話です> 

 

 随分前、電車通勤していた当時、車内の吊り下げ看板に「1万円借りて1日利息25円」と表示されていた消費者金融の広告看板を目にして、それは!少額なら借りやすく自分の目的達成のためなら良いと言う反応と、少額でも反対に無茶苦茶金利が高い、年利計算すると92%ぐらいになり思考力を失わせ、欲望を高める表示方法、手法によって安易に借りてしまう。それが元で、だるま式に利息が増え、利息のためにまた、借りてしまい月額返済が滞る延滞利息も更に高い、当時の金融事情からしても想像を絶する異常なべらぼうな金利となっていた。

 

 借りたら最後、当然ながら返済どころでは無くて、あらゆる方法で督促を受けて涙をながして「言うがままで返済続行、財産没収、保証人等の追加、自己破産等々」結果が見えてしまう。随分、あくどい企業が横行した社会であった。地域金融機関で働く者として金融機関に相談してそこで難しいなら何故?駄目を素直に受け入れて考えようとする判断及び家族、友人に相談して、その結果を見据えてアドバイスが得られなかったのか? 

 

 入口を間違え、間違えても、そこで止まり冷静に考える思考力、家族、仲間からの的確な忠告が聞けなかったか?そもそも、入口からあらゆる方向でストップする勇気がなかったか?残念である。欲望は敵なのだ!

 

 今は専門家に相談して回収例が幾つもあって、時効でなければお金の回収対象になるが、もう、それも少なくなって来たのかな?が現実だと思う。

 

 <ここで触れておきたい事が有ります>

 

 どの時代でもしっかりした計画と準備によって事業運営又は、消費行動に繋がっていく、それでも、成功、不成功は常に付き物、消極的な考えかも知れないが賭け事で無いからあくまでも、金銭もさることながら「心身とも余裕」でないと、最初からもう、委縮した事業運営、無用な消費行動に繋がり、身動き出来ない経済環境に陥り、その結果が創造されてしまう。

 

 何事も求める夢、目的達成するまで、一つ我慢が優先し、その我慢が、計画準備、自己資金としての安定蓄財を醸し出す。

 

 私の経験則から事業(起業)及び生活(金融)に成功する絶対条件五ケ条

①夫婦の協力、夫婦の両親(親族)の協力、家族に相談出来る環境か?

②自分の素養と志、家族が納得(認める)しているか?

③事業計画が現実的、目指す方向が長期展望で有るか?思い付きで無い事!

④真の友人又は、仲間の言葉・行動が辛めか?(信頼関係)

⑤立ち上げるその数年前が特に成功の鍵で有る!(前後5年間の姿勢と努力)

 

 ビジネス成功と豊かな生活基盤は強い志を持っていれば、達成可能で有る。

なぜならば殆ど収支「入と出」が太枠にあり、そこから期間内費用が分かれば収支と粗利が算出でき、計算上合致すれば「儲かるか?損が増えるか?」である。

 

 やはり、立上げ前の5年間は自分の姿勢・志が勝負だと思う。誰もが、その幸福は平等に繋がっている。

焦らずチャンスを待ち・掴み、努力した者は必ず報われる筈です。

 2020.9.25


仰天!こんな光景見たことない!教養は観察から!

 我が家は平屋建ての古い住宅、築40年以上である。少し簡素な庭もどきが有り、一年中では蚊が出ない、寒くない季節4月から6月中旬までが縁台で夕涼みしながら夕日の沈む景色は実に安堵を感じる。

 

 今年は、雨の続く日が多く、縁台で夕涼みする事が無く、この8月を迎えた。自宅前の畑は草が生え放題、8月1日土曜日草取りに専念し体も疲れ疲れで駐車場に軽トラをしまおうと 夕方7時過ぎ、家族からは食事ですよ~ との呼び声、腹は減るは、少しばかり酒は飲みたいやら、心馳せる気持ちを抑え、定位置に車両をバックさせながら、後方を見上げた瞬間、シマトネリコの樹木の先に「少し大きな羽を広げ、頭に角らしき」昆虫を発見、軽トラを止め、多分「カブトムシ」だと、直観してその樹木の中心なる木を目指して振り落とせば、捕まえられる。

 

 本日は孫も来ている。捕まえて、爺ちゃんの存在、鼻高となるや、必死に孫のためと思い、シマトネリコの樹木の中に入り振り落とそうした瞬間、こんな光景見たことない!

 

 カブトムシの大群、樹液を吸っているカブトムシ、クワガタ少し、何かを待っている様子の虫達、交尾している虫達が、まさに、葡萄がなっているかのように辺り一面、カブトムシの館であった。

 必死で捕まえてビニール袋に入れるのは難しい。虫籠をとりに行き、恐らく40匹位捕まえて、孫に見せると母親、おばちゃんも何と?驚くばかり、それでも、全部捕まえたら駄目と思い、見せたいが故に別の姪っ子にメールする。これから行きたいとの事、夕方8時過ぎに到着十数匹捕え、翌日はご近所の方、身内、と相当数、大袈裟に言うなら100匹以上は捕えた。私も家に捕まえたカブトムシ、捕え過ぎ?罪の意識が働き全部、シマトネリコの樹木にその翌日に逃がしてやった。その後、数日間は甥・姪っ子など子供が喜ぶ姿に魅せられ“またまた”捕まえてしまう。ほど 日にちが経過して初めて、来年来なくなってしまうからその位で捕えること止めようね!と言うと何か?子供達も納得した様子で有った。

 

 正に、コロナの影響で行くとこもない環境から、せめても家族、身内、ご近所を含め心楽しめた時間で有ったと心ながらウキウキ気分。

 

 今、考えるとこんな光景は初めてで、少し子供に帰った家庭学習でもあった。

 そこには、「観察する」は昆虫の生態、昆虫の動き、何より自然学習から学ぶ教養として知識は子供の時に育成され、そこに大切な生き物の摂理、原理を捉え、そういって大人に成っていくのかな。沢山の虫を捕まえる事ではなく、生態を実状から学ぶ重要さを知る。老いても知らない事が多い。しかし、少ない夏休みに子供達の学習が出来たことが次に繋がる。大きな環境からの教養の贈り物となった。

 ただ、孫達のカブトムシへの執着心、爺への感謝はカブトムシと何処かに飛んで行った この夏の出来事であった!!

 2020.8.31


レジ袋有料化に伴う功罪

 我が家の前に市町村の可燃ごみ収集場所が有り、いつも監視員がルールを守って収集日にごみ袋を出すように回収箱(網)に注意事項を掲示し懇願しているのにも拘わらず、守らない方々が非常に多い。それも又、自治会名、名前など殆ど記入されず、むしろ、前日、前々日の夜に出して、逃げるように出されるので、整理整頓の状態で無く、横向き、逆さ、中身(瓶、缶)も混入、腐った悪臭に近い汁が飛び出て夜明けには、何よりカラスの恰好の餌食なのだ! 

 

 ある時、若い女性の方が前日に出そうとしておられ“当日でないと駄目です”と申し上げたが、私を睨み付け、無言な仕草で、もう一つ車から取り出して更に放り投げて慌てて立ち去ってしまった。自治会名、名前は勿論かかれていない。私は見張り役ではないので車両番号は控えず、何時かその方が改悛されるのを祈るばかりであった。

 

 近くには公園や田畑、河川があるが、どこにも、単品のペットボトル・缶、その他ごみ及び「レジ袋にあらゆる物が詰まって一絡げ」が捨ててある。

 

 綺麗な街を誰しも望み、住んで良かったと思える地域環境に努力したいと思うが、其々の人生の環境やら家族、地域、学校等で教育しても、なぜか?大人になってしまうと純真な心と報徳精神を失ってしまう感じである。

 

 ここで、問題なのは冒頭にお伝えした方々の規則は、とにもかく所定の場所に出している。市町村のごみ袋にも入れてある。上を見れば切りがないが、レジ袋に一絡げで何処かに放り投げて行く方もまた、考えようでは、まだ考えて捨てて行く。

 考えている じゃん! なのだ。

 

 それが、レジ袋有料化になってしまった結果、環境汚染は一方から見れば減少と思いきや?これからは「単品ごみ捨てポイポイ」と更に多く、今までより更に散乱する可能性が高い。更に清掃にも相当な人海労力が必要と推測される。果たして人間性(報徳)が培われていない方々を真の心の変化に期待して「ポイポイごみの散乱」を防げるか?の疑問である。

 

 今までのレジ袋無料化の時がこんな状態で、レジ袋一絡げでごみを出す習慣が身に付いていない方々に有料化になればどうだろうか?

 俯瞰的な眼 ごみレジ袋を含めた環境はどうなっていくのか、人の心身に宿る性善説に期待することが良いのか社会で考える必要がある。決して見張り役ではありません。大人の行動を将来有る子供達が見ているからこそ、レジ袋有料化の功罪、二局面を考えながら、その先を透視してしまう。

 2020.7.20


大金鶏菊の美しさに惑わされるな!!

 可児市内で至る所に黄色丸い花びらのキク科の植物の一種で過去にはドライフラワーに利用されていたが外来種として定着し問題、現在は栽培が禁止されている。先日、花フェスタ記念公園まで散歩しながら河川沿い、記念公園東口から御嵩へ下るところ、実に、当たり一面この外来種で知ってか知らないかであるが目視可能なコロナウイルスより凄い! 宿根草で簡単に引っ張って取れる草花でなく根っこを残して根元から切れる。要するに生存力が強く、繁殖力(子孫)を残す環境と草花の性質に合わせもった何とも手ごわい相手である。

 

 美しさの草花に見とれ、なかなか除去しない。しかし、この手強い相手に惑わされることなく見つけたら即、根ごと取り去りその全てを処分する必要がある。花咲した時でないと区分けし難い植物、この辺りでは、気候の変化で一概に言えないが5月中旬から6月中旬までが勝負だと思う。

 

 この時期にそれぞれの方々が狙いすまして発見、除草、処分等、一気にしないと繁殖を抑え危険外来種の根絶に至らないと推測する。

 

 自然界に生育する植物も弱肉強食とまでいかないにせよ、除草剤で対応、草刈で除草、熱処理で絶やしても又、それに打ち勝つ新種草花が出てくる。要は、植物循環となり最終的に絶やすと言うより、いずれ共存型の方法しか見つけだせないのか?

 分かっているからこそ、規制外来種の根絶に先ず着手する。

 

 小さな事をだが、目が行き届かない在来種の生態系が崩れ、それは「植物や動物」まで至り、最終にはあらゆる自然界の方程式が徐々に崩れ、気候、食物環境、人類が僅少ながら変遷してしまう危惧である。

 

 何か、今の切ない時代にせめても心休まる散策から草花の咲き誇る美しさに

見て癒されるはずが? 何とも、無念だが明日の幸福(しあわせ)のためなら見とれる事無く、戦おう~と発信した時には残念ながら花咲が消え、来年の勝負だろうか!!

 2020.6.29


手間替え(労働交換)から学ぶ悲哀さ!

 いつも、5月田植えの季節になると思い出す事が一つあります。

 

 家族から隣の家の田植えを手伝いするから、翌日の朝早くに起こされ、家族と共に隣家の田んぼに出向いて、気合の入った挨拶からいよいよ歪な田んぼの左右端から家族と私と隣家の方々が植えはじめ いつもながら親(母親)の言う事は決まって真ん中以上に行く、いわゆる、「手伝いの交換」のため、応援の勝ち負けを競う。何が何だか見まねで覚えた浮き苗で負けんじと真ん中以上を狙っていった事をはっきり今でも覚えている。それは、一体 なんだった?「労力の手間替え」金銭が伴わない労力の互い協力であったため、恥ずかしい労力の結果を残すと隣に申し訳ないがそもそもの意図であった。

 

 確かに時代は変わり、農業も機械化、それでも農業後継者が無く、荒れ果てた田んぼに様変わり、むしろ耕作地と言うより雑種地となり、その農業保全策で農業法人が生まれ結局どこかに引き受けて頂く方法しかなくなってしまった今日。

 

 当時の時代には田舎に機械化など存在しなかった、労働力こそ必要とし、高度成長期には労働の交換に始まり隣近所の連携など、失われたしまった時代が 自棄に気になり懐かしくも感じる。

 

 今は、的確な生産と効率化、結果主義に見合う賃金体系と繋がっている。労働者には良き時代であるが、何より取り戻せない人と人の助け合い精神が薄れている原因だろうか? 今日は、誰かの言葉をお借りして 気合だ、気合だ!で頑張ろうと心、体、に鞭を打ち、あぜ道から水面に映る自分の姿がいかにも悲しくも見えてしまった。

 2020.5.25


可児ビジネスカフェからの便り

 この度、前任マネージャから引継いだ「三宅」です。

 

 いつも起床してから家の周りを散歩し、この桜満開を通り過ぎ緑濃い葉桜の季節には鶯の鳴き声に当たり前のように聞き入れ穏やかな季節を感じながら朝の日課、近くには保育施設、公立小中高が点在している。この季節ならではの真新しい制服など目に焼き付いていた「なんとも当たり前の情景」が今年は、一転して新型コロナウイルスによる感染拡大を受けて自粛である。

 

 自分の出来る範囲、家庭で出来る事、地域社会で出来る事を様々の角度から見直して積極的な行動(感染防止)を求められる事に自ら意識改革し地域社会の安定と将来ある子供達の安全安心な街づくりに努力する必要がある。

 

 やはり人々は豊かな時代に慣れ過ぎ「油断こそ難敵」を想い知る。

 

 日頃から危機管理意識を高め人生長く生き抜いた分、地域社会に還元出来る人としての心構えを持ち続けて行こうと考えさせられた4月の始まりであった。

 2020.4.27


相談体制の変更について

 「可児ビジネスカフェ」では、中小企業・小規模事業者や創業希望者の方を対象に売上拡大、経営改善等の悩みを気軽に相談できる窓口を開設し、経営相談業務に精通したマネージャー、コーディネーターが相談に応じておりましたが、この度、政府の全国緊急事態宣言を受け、「可児ビジネスカフェ」へのコーディネーターの派遣を5月6日(水)まで休止いたします。
 6日以降の対応につきまして、改めて報告いたします。対象者の方にはご迷惑をお掛けしますが何卒ご理解とご協力をよろしくお願いいたします。

 2020.4.18


マネージャーの独り言 第52

コロナ対策は越冬で

 コロナウィルスの感染拡大により、日本国内はもとより世界中の社会経済が大きなダメージを被っています。いつ終息するのか、心配は絶えません。

 しかし、ある学説によると、ウィルスは生きた宿主の細胞の中でしか増殖できない事から、宿主を倒す事はあり得ない。そこから必ず弱体化へ進化するそうです。

 過去の多くの記録からもそれが正しいと言われているのです。

 

 当地域の経済活動も大きな影響を受け、まるで真冬の到来です。

 しかし、数カ月後には終息に、「必ず春はやって来る」の言葉が多く聞かれます。

 こんな時、越冬する動物をヒントにしては如何でしょう。

 冷え切った畑(市場)へ、わざわざ蓄えた脂肪(エネルギー)を使って、勝ち目のない勝負には出掛けません。蓄えた脂肪で我慢するのです。

 「今は耐え時」と私は思います。無駄な出費は極力抑え、力を温存し、必ず来る春を待つのです。名付けて「越冬大作戦」です。

 そして、待望の春が来た時、余力の脂肪で大きく打って出るのです。

 

 その間の資金調達に不安がある事業者の方は、様々な助成金や融資制度が用意されていますので、お取引金融機関への早目の相談をお勧めします。

 只、審査が大変甘く容易に借りられるかも知れませんが、あくまでも借入金です。過剰な借り入れは控えましょう。

 只々、新型コロナ、早い終息を願うばかりです。

 2020.3.23


マネージャーの独り言 第51

2秒刻みの腕時計

 二十年以上前に購入した私の腕時計は、高級でもなく電波時計でもないのに大変正確で、時刻調整をしたことがありませんでした。

 但し、6~7年ほどで切れる電池の交換の際には時間合わせが必要でした。

 その愛する時計が2年ほど前に突然のダウン、原因が電池寿命ではない事から、その時計は信用を失いました。しかし、更なる1年は正確に頑張って動いてくれました。

 

 昨年の秋、私の誕生日のお祝として、家族から「そろそろ寿命だよ」と腕時計の買い替え援助資金を預かりました。

 その後の日々、電池交換や時刻合わせが不要なソーラー・電波時計を物色してはいますがなかなか気に入った時計が見付かりませんでした。

 そんな中での先日の事、私の時計の秒針が2秒刻みで動いている事に気が付きました。

 

 現実には電池が少なくなると2秒刻みで訴える機能を持つ時計があるとの事、しかし、私の時計がそんな機能を持ち合わせているとは思えません。

 買い替えの気持ちが高まる度に、時計が「まだまだ頑張っているよ!」「もう少し傍においてよ」と訴えているようで、その気持ちが削がれています。

 

 皆さんにはそのような大切なグッズ、ありますか?

 2020.2.28


マネージャーの独り言 第50

お店の評判はこんなところからも

 お店の評判はお客さんから広がるケースが最も多いでしょう。

 来店されたお客さんが品質や値段、接遇や雰囲気、設備などで評価をし、皆さんに広げてくれます。

 良い評判はゆっくりと狭く、悪い評判は早く大きくなる事を知っておくべきでしょう。

 

 さて私は以前、金融機関に勤めていました。

 ある支店では、毎日の朝礼で三大用語を唱和していました。「いらっしゃいませ、お待たせしました、ありがとございました」です。

 心のこもらない唱和、効果に疑問を持ちながらの惰性での日々でした。

 

 支店長を拝命されての2店舗目で、ある日、ある情報を耳にしました。

 それは近隣の年配の女性からのお話でした。

 「友達のおばちゃんが、息子の嫁にしたいくらいの娘さんが支店に勤めている」との事。

 「どの娘かな?」と尋ねると、窓口ではなく後方の全く目立たない職員でした。

 そのお褒めの源は、近くから勤務していた掃除のおばちゃんと、弁当配達の仕出し屋の大将、更に玄関マットの交換に来るパートさんでした。

 

 「私たちはお金を頂いている立場、それなのにあの娘さんをはじめ、皆さんが丁寧で優しく愛想よく、いつも心から感謝しています。近所の方や友達、皆でこの支店を応援しているよ!」との事でした。

 “鳥肌が立つほど“嬉しく、今でも忘れられない嬉しい評判でした。

 2020.2.5


マネージャーの独り言 第49

新年のご挨拶

 明けましておめでとうございます。

 少し遅れましたが、改めまして本年もよろしくお願い申し上げます。

 

 今年は十二支の中でも最初の「子」年です。

 その昔のある暮れの日に、神様から「元日に到着した順番だ!」との御触れを出したのです。ネズミは猫に1日遅れの日を伝えた為、猫は12番に入れなかったそうです。

 その事から猫はネズミを追いかけるようになったとか。

 又、足の遅い牛は一番を狙い早々と出発、そして到着したのですが、牛の背中にいたネズミはいち早く門を潜り抜け神様にご挨拶、一番に登録で二番は牛になったのです。

 

 神話に大国主命がネズミに助けられた話があります。神仏習合後には「大黒天」となりますが、五穀豊穣や財力の象徴である大黒天のお使いであるとされています。

 更には子供を沢山生むことから、繁栄の象徴とされており「子年は繁盛」で上げ相場に期待したい年でもあります。

 

 子年の方は「寝ず身」と称し、コツコツとよく働き倹約家であり貯え上手と言われます。

 又、勘が鋭く、ひらめきがあり、難を逃れる事も得意ですし、適応力にも長けているそうです。ことわざにも「ネズミは沈む船から去る」があります。

 

 さていよいよ、大河ドラマ「麒麟がくる」が始まります。一説には明智光秀は子年(1528年)生まれとの説あり、我が可児市が全国に名を轟かせる素晴らしい年になりそうです。

 可児ビジネスカフェもコツコツと堅実な応援をしたいものです。

 2020.1.10


小規模事業者と中小企業のためのかによろずミニセミナー&ワークショップを開催します


 少人数制のセミナーは、講師と近い距離で学べる絶好のチャンスです。

 ミニセミナー終了後はワークショップも行います。経営の学びと解決の場として、是非ご利用下さい。

 講師には30年にわたり接客・営業・販売・人材育成に携わり、19年間の管理職、12年間の飲食店、サロン経験を経て指導者となり心理学に基づいた一人一人のメンタル面に寄り添った指導に力を入れており、その優しい口調と明るい笑顔、そして実践的な指導は身近で分かりやすいと高い評価を得ている加藤由紀子コーディネーターにご講義いただきます。

 

■開催日時 1月24日(金)ミニセミナー  10:30~12:00【創業者向け】

              ワークショップ 13:00~16:00【創業前に準備すべきこと】

      2月7日 (金)ミニセミナー  10:30~12:00【創業者向け】

              ワークショップ 13:00~16:00【創業前に準備すべきこと】

■会場   可児市総合会館 可児ビジネスカフェ(可児市広見1-5)

■各定員  10名

 

 参加希望者は、セミナー開催日の前日までに下記PDFよりファイルをダウンロードしていただき裏面の申込用紙をFAXにて送信ください。お電話や、直接かに経営相談窓口にお越しいただいてのお申込みも受け付けております。

 尚、人数に達し次第、募集は終了しますのでご了承下さい。

ダウンロード
1月24日(金)ミニセミナー&ワークショップ
ミニセミナー(サロン).pdf
PDFファイル 1.5 MB
ダウンロード
2月7日(金)ミニセミナー&ワークショップ
ミニセミナー(飲食店).pdf
PDFファイル 1.3 MB


マネージャーの独り言 第48

令和2年(2020年)はどんな年

 令和元年も残り少なくなりました。

 この可児ビジネスカフェも、皆様方のご支援、ご協力のお陰で2歳半を迎える事が出来ました。心より感謝申し上げます。

 

 さて、来年の令和2年は何があるのか?

 「東京五輪」そればかりが気になり無事成功を祈るばかりですが、一通り記してみますのでご確認をお願い致します。

 

 先ずは1月19日(日曜日)NHKの大河ドラマ「麒麟がくる」の放送が様々な苦難を乗り越えスタートします。戦国の時代に聖なる獣「麒麟」が現れます。

 ここ「生誕の地・可児」と言われる明智光秀を通して描かれる戦国絵巻に期待です。

 

 2月23日は令和天皇の誕生日で祝日ですが日曜日の為、24日が振替休日となります。

 

 7月24日から8月9日まで、第32回夏季オリンピック東京大会が、更には8月25日から9月6日まで、第16回夏季パラリンピック同大会が開催されます。

 それに伴い、祝日が今年に限って変更されます。7月の海の日と8月の山の日、更には10月の体育の日が、それぞれ、7月23日(海の日)24日(スポーツの日)8月10日(山の日)に変更されます。

 猛暑の中での開催に選手だけでなく皆さんも、お仕事と応援・観戦、体調にご留意を。

 

 11月3日はアメリカ合衆国の大統領選挙の一般投票日となります。トランプさんは果たして再選なるか?

 

 12月31日で男性アイドルグループ・嵐が無期限の活動休止の予定です。

 

 末筆ながら、皆様にとりまして「令和2年が良き年でありますように」

 2019.12.10


マネージャーの独り言 第47

他人の時間を食うな

 今から50年ほど前のことです。

 勤め先の研修の一環として、7月後半の猛暑の時期に名古屋市にある自衛隊第10師団守山駐屯部隊に体験入隊をしました。

 期間は3泊4日、長袖の服での基地内のランニングと行進、土嚢運びやスクワットも経験しました。真夏の炎天下に「長袖の服装」は理に適っている事を実感したことを今でも覚えています。

 真夜中の緊急集合は、「緊急・緊急」の上官の大声で飛び起き、服装を整えると同時に帽子をかぶって靴を履き、グランドに集合する眠気飛ばしの行事でした。

 真夜中のグランドには先着順に並ばされ、服装や靴の履き方が不合格の者は「皆戦死だ!」と指摘を受けたのです。遅い者も当然です。

 

 “時間厳守”は特に厳しく指導を受けました。何故なら、「仲間の命を奪う」からでした。

 この言葉は私にとって大切な一言になりました。

 「時間を守ろう」との意識ではいますが、なかなか守れない。そこで役に立つのがキッチンタイマーで、私の愛車には常備されています。

 約束の場所の近くまで早めに行き、タイマーで調節後に現地にぴったり到着するのです。

 自らの遅れで人様の時間を食べないようにしましょう。

 

 追伸、

 運転中の突然の睡魔、安全な場所でのタイマー設定15分、その睡眠に絶好のアイテムです。 

 2019.12.2


マネージャーの独り言 第46

少水常流如穿石

 この禅語は「雨水のようなわずかな水でも、絶え間なくぽたぽたと落ち続ければ、固い石でも穴を開けます」とお釈迦様が入滅時に弟子に説いた教えの一つと言われています。

 

 この言葉を大切にし、世界で超一流のパイロットになった人がいます。

 空のF1と言われるエアレース、そのチームのメインパイロットである室屋義秀さんがその人です。

 先日、各務原市の自衛隊岐阜基地で開催された「航空祭」にゲストとして招かれている事を事前に知り「こんなチャンスは逃せない」と期待に胸を躍らせ、会場に向かいました。

 

 真っ青な秋空の下、室屋さんは小型のプロペラ機で急降下や宙返りなど、様々な妙技を披露されました。

 圧巻だったのは上空千メートルから木の葉の落ちる如くひらひらと13回転、その降下は想像を絶するきりもみ状態でした。

 御年46歳と聞き、更なる尊敬の念を抱いた次第です。

 

 子供のころ「鳥のように空を駆けたい」その夢を実現する為の努力の姿を、以前テレビのドキュメンタリー番組で紹介され、視聴した私は感銘を受けていました。

 

 世界に名を轟かせる人の多くはこの(しょうすいつねにながれていしをうがつがごとし)を貫く努力家と思わずにはいられない機会となりました。感謝の一日でした。

 2019.11.18